湊月くんの甘い溺愛に困っています

オーディション当日。台本を片手に会場で待機していた。隣には白石様こと、白石政也がいる。


「湊月さんどうですか?自信の程は」

「自信もなにもやれることをやるだけさ。台詞は覚えてるし、何度も練習したんだ。大丈夫、自分を信じればいい」


夢が見送ってくれた時、言ってくれた言葉。どんなお守りよりも安心感がある。


「それって夢ちゃんに言われたんですか?相変わらずラブラブですね」


人の心を読むのが上手いな。なんで分かったんだ?


「君にはいないのか?そういうことを言ってくれる人」

「いますよ。女性には困ってませんから」


今のは素なのか?読みにくいやつだ。


それからしばらくしてオーディション本番の時間となった。オーディションは一人ひとり行われる。監督やその他のスタッフの前で各自受ける役の演技をし、その評価が高いものが合格となる。

Skyの時のように今回は夢がいない。彼女なしで成功するか正直不安だけど、居なくても気持ちを切り替えられるように今日まで練習してきた。


「次、ヒロインのライバル役のオーディションを行います。受ける方はこちらへお願いします」


手が震え出した。柄にもなく緊張しているんだ。
「いよいよですね。俺はここで待っていますから必ずここにたどり着いてください」


まるで自分はもう合格していると宣言しているような言い方だな。

俺の事を待っているのは君だけじゃない。自宅で俺の合格を祈ってくれている夢がいる。彼女にいい報告出来るように頑張るよ。



────オーディションから1週間が経過した。


いよいよ結果発表の日がやって来た。この日は休日で俺の家のリビングで夢と一緒にその時を待っていた。


「はぁーー緊張する〜。胸がドキドキしてる」

「ふふ、夢が緊張してどうするの?そんなにガチガチにならなくても大丈夫だよ。やれることは精一杯やったんだし」

「湊月くんが冷静すぎるんだよ。わたしはオーディションの日から落ち着かなくて……。昨日もあまり寝れなかったし。あぁ〜結果は気になるけど、見るのが怖いー!」


ころころ変わる夢の表情を見ていると緊張なんて忘れる。夢がガチガチだから俺が緊張しているところなんて見せる訳にはいかないからな。


「夢、ここに座って」

「え?どこ?」

「ここだよ」


足の間にすっぽり収まるくらい小さな身体。後ろから抱きつくと肩をびくっとさせた。顔は見えないけど小さい耳が真っ赤に染まっていて可愛いなぁ。


「そろそろ時間だ。夢、悪いけどスマホ取ってくれる?」

「う、うん……」


渡してくれたその手は小さく震えていた。一体どっちの緊張なのか。想像しなくても分かることだけど。その理由が俺のことだから想像がやめられない。

結果よりも夢の反応を見てるのが、俺にとって1番楽しい。


「湊月くん、どうだった?結果」

「あ…うん。合格だって」


そう言うと「え…!?」っと嬉しそうに振り向いた。目を輝かせて俺に飛びついてきた。その身体を片手に持ったスマホよりも大切に受け止める。


「おめでとう湊月くん!!」

「ありがとう。せっかく合格したんだ。何かご褒美ちょうだい」

「ご褒美?何か作って欲しいの?」

「うーん…それもいいけど、もっと他に。俺が喜びそうなもの」


喜びの表情がきょとんとした顔になる。必死に考えているみたいだけど、中々答えにたどり着けないらしい。ヒントを与えたいところだが、たまには自分で考えてもらわないとな。

すると俺の服の襟の部分を掴み始めた夢。慣れているはずの顔を不意に近づけられると胸がドキッと高鳴る。

そのまま動かずにいると頬に彼女の唇が触れた。


照れながら見られると益々自分を保つのが辛くなる。無意識って怖いな……。


「ごめん!違った、よね…??」


はぁ〜っとため息が出るほど愛おしい。年下の幼なじみ、しかも彼女である夢にここまで翻弄されるなんて。俺もまだまだだな。


「間違ってない。正解だよ」


未熟でもいい。今は、大好きなキミに少しでも触れていたい。
side:湊月


撮影初日の朝は珍しく目覚めが良かった。いつもアラーム鳴らしても起きれないくらい朝が弱いのに。

より目覚めを良くするためにコーヒー飲んた。しばらくすると夢が朝食を持ってきてくれて、一緒に食事を済ます。

撮影ではメイクさんがヘアセットなどをしてくれるからブラシで整えるだけの簡単な身支度を済ませる。

台本と筆記用具、他にも白石さんからアドバイスを貰って必要な物をバッグに詰めていく。


「湊月くん忘れ物ない?体調は大丈夫?」

「何度も確認したから大丈夫。夢、お母さんみたい」

「だって気になるし、心配で…。ていうか湊月くん、高校生の女の子に“お母さん”はあまり言わない方がいいよ?わたし、そんなに老けてないもん」


膨らませた頬を思わずつつきたくなる。怒らせてしまったのは申し訳ないが、朝から可愛すぎ。

ダメと分かっていても行きたくなくなる。


「ごめんごめん。行ってくるね。帰る時また連絡する」


頭を撫でるとすぐに機嫌が良くなったのかもとの笑顔を取り戻した。


「行ってらっしゃい湊月くん。頑張ってね!」
電車を乗り継いで30分。大手企業のテレビスタジオへとたどり着いた。今日は役者の顔合わせと本読みがメインの予定。

メイクや衣装合わせなどの細かい打ち合わせも今日のうちに行われる。


「あ、おはようございます湊月さん。早いですね」

「お、おはようございます。白石さんも早いですね。役者はやはりこのくらいが普通なんですか?」

「基本早く来るのが業界の決まりみたいなもんかな。それと俺のことは“政也”でいいですよ。湊月さんの方が年上なんだから」

「そういうものなのか?…じゃあ、政也」

「はい、湊月さん」


お前は前から俺のこと呼び捨てだったが、その説明ないのか?特に気にしていなかったが、自分のことを呼び捨てで呼ばれると徐々に気になってきたな。


「難しい顔してどうしたんですか?あっ!もしかして、緊張してます?そうですよね、なんせ、主演の女優があの小坂 まどか(こさか)さんですから気になるの分かります」

「いや、特に主演の女優のことはあまり気になっていない」


仕事上の付き合いは仕方ないことだけど、恋人がいるからあまり親しくは出来ない。だけど小坂さんは読者モデルにタレント業、さらには女優業の仕事をこなす有名人。年は確か、政也と同じ高校2年生だったな。
慎重にコミュニケーションを取らないと週刊誌などで噂されては面倒だ。その点も後で政也に聞いてみるとするか。

女性関係には詳しそうだからな。


政也の案内で使用するロッカーの場所やスタジオ、お世話になるスタッフさんや共演者への挨拶の仕方などを学び、あっという間に顔合わせの時間となった。


日奈森 莉津(ひなもり りつ)役、小坂 まどかです。よろしくお願いします」


モデル業をやっているだけあって身長は同年代の女子よりやや高め。ブラウンのストレートヘア、早い時間にも関わずメイクもしっかりしている。

声も大人びていて最初に挨拶をした時に、一瞬年上と間違えそうになった。


新井 陽向(あらい ひなた)役の白石 政也です。よろしくお願いします」


堂々とした挨拶。キャリアが長いだけあって1番この場に馴染んでいる。


次は俺の番。人前で自己紹介は得意ではないが、これは仕事だ。そんなこといちいち言っている暇はない。


西村 颯(にしむら はやて)役を務めます。神尾 湊月です。よろしくお願いします」


なんとか噛まずに言いきれた。


言い終わる度に拍手が鳴るのはあまり得意ではなく、気恥しいさを感じる。


「緊張してますね。声、震えてましたよ?」


コソッと耳元で政也が言った。1番言って欲しくないことを言われてそれには大人気なく無視してしまった。
いちいち鼻につくようなことを言うなぁ。わざとか?いや、これまでの政也の言動や行動を考えると俺の反応を楽しんでいる当たり、わざとなんだろうな……。

このペースで構っていたらすぐにばててしまう。極力構わないようにしよう。

相手が夢なら別に気にならないんだけどな。


……俺はふと思った。気づけば夢のことばかり考えていることに。いつも隣にいた彼女がいないのはとても変な感じがする。

いつまでもずっと隣ってことはないのは分かってはいたけど、なんとなくどこか寂しい。夢がいなければ何も出来ないという訳じゃない。

ただ、あまり人と関わりを持たずに今日まで生きてきたから妙に落ち着かないんだ。知らない人、知らない世界。

見るもの全てが新しくて気持ちがそわそわとして落ち着かないんだ。

自分の見ていた世界がいかに小さく、狭かったかそれを初日にして思い知らされる。

いつまでも甘えてはいられない。自分自身で道を切り開いて行かなければいけないんだ。それを政也は幼い頃からずっと繰り返してきた。

まずは俺自身がしっかりしなければいけないんだ。そのためにはまず学ぶんだ、この業界を。

年代がバラバラな人達が集まること場所が俺にとっていい影響も悪い影響も与えてくれる。

この機会を逃す訳にはいかない。
顔合わせという名の自己紹介が終わり、そのまま本読みに入る。お互いがどんな演技をするのか知る機会でもある。プロと素人の差がここで判明するんだ。



ーー小1時間ずっと台本を読みっぱなし。そろそろ疲れが出始めてくる頃だ。なのに、政也や小坂さんたちは疲労感を全く見せない。

むしろようやく喉が開いてきたと言わんばかりのいきいきとした表情をしていた。

体力の差も大きいんだ。初日にして、多くの課題がくだされることになった。

演技でも俺が1番下手で、何度も(つまず)いて止めることになってしまった。


昼休憩になりスタッフさんから弁当が配られた。控え室で台本を読みながら食べているとなぜか俺の前に政也が座ってきた。


「随分熱心に読んでますね」

「読まなかったら頭に入らない。それよりなんで俺の前に座っているんだ?さっきまで女優さんや女性のスタッフさんたちと居ただろ」

「たまには同性との会話を楽しみたくてね。それに湊月さんが1人なのが可哀想に見えて…やっぱり夢ちゃん居ないと寂しいですか?」


そういう事か。わざわざ来るなんて変だと思った。可哀想って言いながら目は笑っているのは俺をからかいに来たからか。


「別に寂しいなんて思ってない。今は役に集中しなきゃいけないんだ。足を引っ張るのは今日までにしたい」
「あまり考え過ぎないようにした方がいいですよ。役にこだわればこだわるほど、いい演技は出来ない。余計な足を引っ張るだけだ………」


演技のことを語る政也は黒いモヤのようなものを滲みさせていた。演技に対して真剣に向き合ってきた彼は貪欲に追い求めてきた。

その結果が今の人気だ。政也は業界の全てを知り尽くしている。だからこそ見えない敵には敏感で、俺にそれを味わってほしくないんだ。

自分が経験した、辛い経験を………。


「政也、ありがとう。少し気持ちが楽になったよ。考えすぎるのもダメなんだな」

「…っ!驚きました。俺にもそんな顔を見せるんですね。てっきり夢ちゃんにだけだと」


一体俺はどんな表情していたんだ?夢にだけってことは少しは硬くならずに済んだのか?

他人に対してあまり微笑まない俺だが、政也には気を許せているみたいだ。


「そうだな俺も不思議だ」


政也は自分に似ている部分がある。いや、理由はそれだけじゃない。ほっとけないんだ。表に出せないほど重いものを抱えている政也が………。

夢ならこんな時、どうするだろうか。政也に対して俺が出来ることを探すのもこれからの俺の課題だな。

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