「でも、沙苗は見ちゃダメだって……」
「うん。……ただ、中身を見て思ったの。これはきっと、晶くんが持ってたほうがいいんじゃないかって」
「え?」
「沙苗の想いが、全部ここに詰まってる。この絵を見ても思うわ。多分照れくさいだけで、本当は晶くんに見てもらいたいって心のどこかでは沙苗も思ってたはず。だから、これは晶くんに持っててほしいの」
「……ありがとうございます」
俺はスケッチブックを受け取り、沙苗が書いた俺の絵と一緒に自宅に戻った。
自室のベッドの上で、絵を眺めながらスケッチブックを開こうとしたりやっぱりやめたりを繰り返す。
本当に俺が見ていいのだろうか。沙苗は怒らないだろうか。
数十分悩んで、ようやくその表紙をめくった。
一枚目は、俺がお見舞いに持っていったものであろう、りんごの絵だった。
二枚目は点滴の絵、三枚目は窓の外からの景色。
そして四枚目を見て、俺は一瞬動きを止める。
五枚目、六枚目。ゆっくりページをめくっていた手が、いつの間にかパラパラと急ぐように変わっていた。
「これも……これも……もしかしてこれ全部……?」
四枚目以降は、全て俺の絵だった。
角度的に、お見舞いに行って椅子に座っている時の俺だろう。
顔を覚えておいて描いてくれたのだろうか。
全部同じ角度なのに、表情がそれぞれ少しずつ違う。
"毎日来る暇人"
"サッカー馬鹿"
"りんごよりいちご食べたい"
そんなコメントまでついていて、最初は俺をディスるようなものばかりだったのに次第に
"いつも来てくれる"
"ありがたいと思う"
と少しずつ変わっていって。
左手で絵を描くだけでなく、文字まで書くのは大変だっただろう。上手くいかずに泣いた日もあったかもしれない。
そう思うと鼻の奥が痛くなる。そして。
一番最後のページで、ついに俺は震えと涙が止まらなくなってしまった。
「んだよ……バッカじゃねぇの……」
そこには、俺がサッカーをしている絵と共に
"悔しいけど、サッカーしてるところが一番かっこいい"
と書いてあった。
その下に、本当に小さい字で
"好き、なんて言ったら晶を縛りつけちゃうよね"
"幸せになってほしい"
"私のことは忘れてほしいけど、あの一ヶ月のことは覚えていてほしい"
"勝手にキスしたことは許してあげるから"
"今更死にたくないなんて、みんなに怒られちゃうよね"
そんな、沙苗の秘められた想いが書かれていた。
「言えよ……言ってくれよ……わっかんねぇよ……。つーか、あんなのキスに入んねーだろ。もっと、ちゃんと俺はお前と……」
幻聴だと思っていたあの言葉は、本当だった。
本当に、沙苗の声が聞こえていたのだ。
それがどうしてかなんて、もうどうでもいい。
俺も、前に進まないといけない。
「……プロになったら、約束通り伝えに行かなきゃ、な」
あれが最後の沙苗の言葉だったのだとすれば、俺のすることは一つだけだ。
「こんなに好きなんだ。忘れられるわけねーだろバーカ」
今度はゆっくり、心をこめて。
窓から雲ひとつない青空を見上げた。
end.
「うん。……ただ、中身を見て思ったの。これはきっと、晶くんが持ってたほうがいいんじゃないかって」
「え?」
「沙苗の想いが、全部ここに詰まってる。この絵を見ても思うわ。多分照れくさいだけで、本当は晶くんに見てもらいたいって心のどこかでは沙苗も思ってたはず。だから、これは晶くんに持っててほしいの」
「……ありがとうございます」
俺はスケッチブックを受け取り、沙苗が書いた俺の絵と一緒に自宅に戻った。
自室のベッドの上で、絵を眺めながらスケッチブックを開こうとしたりやっぱりやめたりを繰り返す。
本当に俺が見ていいのだろうか。沙苗は怒らないだろうか。
数十分悩んで、ようやくその表紙をめくった。
一枚目は、俺がお見舞いに持っていったものであろう、りんごの絵だった。
二枚目は点滴の絵、三枚目は窓の外からの景色。
そして四枚目を見て、俺は一瞬動きを止める。
五枚目、六枚目。ゆっくりページをめくっていた手が、いつの間にかパラパラと急ぐように変わっていた。
「これも……これも……もしかしてこれ全部……?」
四枚目以降は、全て俺の絵だった。
角度的に、お見舞いに行って椅子に座っている時の俺だろう。
顔を覚えておいて描いてくれたのだろうか。
全部同じ角度なのに、表情がそれぞれ少しずつ違う。
"毎日来る暇人"
"サッカー馬鹿"
"りんごよりいちご食べたい"
そんなコメントまでついていて、最初は俺をディスるようなものばかりだったのに次第に
"いつも来てくれる"
"ありがたいと思う"
と少しずつ変わっていって。
左手で絵を描くだけでなく、文字まで書くのは大変だっただろう。上手くいかずに泣いた日もあったかもしれない。
そう思うと鼻の奥が痛くなる。そして。
一番最後のページで、ついに俺は震えと涙が止まらなくなってしまった。
「んだよ……バッカじゃねぇの……」
そこには、俺がサッカーをしている絵と共に
"悔しいけど、サッカーしてるところが一番かっこいい"
と書いてあった。
その下に、本当に小さい字で
"好き、なんて言ったら晶を縛りつけちゃうよね"
"幸せになってほしい"
"私のことは忘れてほしいけど、あの一ヶ月のことは覚えていてほしい"
"勝手にキスしたことは許してあげるから"
"今更死にたくないなんて、みんなに怒られちゃうよね"
そんな、沙苗の秘められた想いが書かれていた。
「言えよ……言ってくれよ……わっかんねぇよ……。つーか、あんなのキスに入んねーだろ。もっと、ちゃんと俺はお前と……」
幻聴だと思っていたあの言葉は、本当だった。
本当に、沙苗の声が聞こえていたのだ。
それがどうしてかなんて、もうどうでもいい。
俺も、前に進まないといけない。
「……プロになったら、約束通り伝えに行かなきゃ、な」
あれが最後の沙苗の言葉だったのだとすれば、俺のすることは一つだけだ。
「こんなに好きなんだ。忘れられるわけねーだろバーカ」
今度はゆっくり、心をこめて。
窓から雲ひとつない青空を見上げた。
end.