「ごめんな。気付かなくて。ごめんな、無理させて」

「なんで……晶が謝るの」

「腕引っ張ったの、痛かっただろ。知らなかったとは言え、酷いことした」

「それこそ晶が謝ることじゃないよ。私が隠してたのがいけないの」

「……でも、沙苗が弱ってるのはわかってたんだからもっと気を遣うべきだった」

「晶……」


晶は私の手を何度も優しく撫でて、私の頭も撫でてくれる。

それが温かくて、たまらなく優しくて心地良くて。泣きたくなるくらいに嬉しかった。

晶が握ってくれている左手を少しあげると、晶はそっと離してくれる。

そして、晶の目元にゆっくりと指を這わせると、滲む涙を優しく撫でた。


「……晶にだけは、バレたくなかったなあ」

「っ……でも、俺は知れて良かったよ。もうお前を一人にしないで済む」

「もうっ……なんでそんなに優しいのっ……ごめんね、心配かけすぎた」

「本当だよ……心配かけすぎなんだよバーカ。俺の絵なんて描いてる場合じゃねーだろ。周りの気持ちも考えろ」

「うん。本当、馬鹿だよね。ごめんね。自分のことしか考えてなくて、本当ごめん」

「……っ、冗談に決まってんだろ馬鹿」

「ははっ、馬鹿しか言ってないじゃん」


晶は、車の中で私のお母さんから全てを聞いていた。
病気のことを一人でずっと抱え込んでいたこと。

骨肉腫と診断されたこと、他の臓器や骨に転移しており、余命宣告されていること。

だけど腕を切るくらいなら死ぬと言って治療を拒否して、高校を卒業したこと。

そして最後に、一番描きたいものを描きたいと言ったこと。

晶は全てを知った時、腑に落ちたと言う。
私の体調不良の原因や、急に人をモデルに絵を描きたいと言ったこと。


「最後に、私が絵を続けるきっかけになった晶にお礼を言いたくて。それで、絵を描きたいと思ったの」

「んなの、言葉で言ってくれればいいだろ」

「……ううん。どうしても、絵が描きたかったの。絵でしか伝わらないものがあると思ったから」


自分の集大成と言えるような作品が、なんとか出来上がった。

今の私は、それが嬉しくてたまらない。


「いつか誰か人をモデルにして描くなら、絶対晶を描こうって決めてた。私の絵を好きだって言ってくれた晶を描くって、決めてた。だからあの絵、出来上がったら晶にプレゼントさせてよ」

「……当たり前だろ。モデルの俺が貰わなかったら誰が貰うんだよ。むしろ金出すから買ってやるよ」

「ふふ、ありがとう。でも、完全に乾くまで時間かかるから、待っててね」

「あぁ。だからお前も、それまでくたばるんじゃねぇよ」

「わかってるよ」


そして私はその日から、入院してようやく治療を開始することになった。

とは言え、すでに身体は病魔に蝕まれておりどうすることもできない。

どうやら私の年齢的に、かなり進行が早かったらしくもう手の施しようがないと言われてしまった。

あとは迫り来る死を待つだけ。

描きたかった絵を描いた。高校も卒業した。もう悔いは無い。

ただ、心残りがあるとすれば。

晶が私にしたキスを意味を知りたい。

そして、あの完成した絵を、自分の手で直接晶に渡したかった。

痛みに顔を歪めながら、そう思った。