「なぁ、本当に最近咳増えてねぇ? 風邪引いたんじゃねぇの?」

「大丈夫だよ。確かにちょっと風邪気味だけど、でもこの絵を描ききりたいの。今休んだら多分描けなくなっちゃうから」

「……沙苗がそういうならいいけどさ。無理はすんなよ?」

「うん。ありがとう」


余命を宣告されてから一週間。

絵は大分完成に近づいてきており、佳境と呼んでもいいだろうという頃。

痛み止めがだんだん効かなくなってきているのを感じる。

思うように手が動かなくて、痛みで震えて筆を落としてしまい晶から視線を感じることも多々。

きっと晶は、私の調子が悪いことはわかっている。

わかっていても、私が頑なな性格なのを知っているから何を言っても無駄だと思っているのだろう。

今はそれがありがたく、その考えに甘えたい。
もう少し、もう少し。

だけど、妥協はしたくない。


「なぁ沙苗」

「ん?」

「今日この後暇か? メシ行かね?」

「ご飯? ……うん、いいよ」

「よーし、じゃ早くいこーぜ」

「うん」


そんな風に終わった後に晶と少し出かける日もあった。

と言っても駅前のファミレスでちょっとご飯を食べて、あとはくだらないことを話すだけ。


「お前、それだけじゃ足りないだろ」

「そんなことないよ」

「ほら、デザートでいいから食べろよ。お前チョコ好きだっただろ? 食べきれなかったら俺が食うから」

「……ありがと」


わざわざ晶が私のためにチョコレートパフェを頼んでくれて、それを左手に持つスプーンでちまちま口に運びながら絵のことやサッカーのこと、晶の進学先のことを話す。


「実は大学のサッカーチームの練習もそろそろ始まるんだ。だから悪いけど、お前の絵のモデルができるのもあとちょっとになる」

「そっかあ。わかった。でももうすぐ完成だから。多分明日には仕上がると思う」

「そっか。悪いな、急かすみたいで」

「ううん。ここまで付き合ってくれて本当感謝してる。ありがとうね」

「それはこっちのセリフ。久しぶりにゆっくりできて楽しかったよ。……こんな風にメシ食いに行ったり、中学の頃に戻ったみたいで楽しかった」

「私も」


晶が楽しいと思ってくれて、本当に良かった。
私もこの数週間が、本当に楽しかった。

美大のこととか、受験のこととか、上手い下手とか、何も考えずに心から描くことを楽しめた気がする。

自分自身に向き合えた気がする。

もちろん病気のことがありそれだけではなかったけど。

でも、本当に幸せな時間だった。

最後に、幸せな思い出ができた。



「明日、最後までよろしくね」

「あぁ。……なぁ、沙苗」

「ん?」

「お前……いや、ごめん。なんでもない」


晶がその時、何を言おうとしたのかはわからなかった。
だけど、言葉を飲み込んだ晶の顔はどこか暗いような気がして。


「晶?」

「さ、これ飲んだらいこーぜ。さすがに居座りすぎた」

「うん……そうだね」


それ以上、何も聞くことはできなかった。