「……俺のほうがしゅんちゃんより好き歴長いし」
「わたしはたぶん朝陽より好きがおっきいし」
なぜか謎マウントをとってきた気がしたので、わたしも負けじと返して、伝われと思いを込めて、一段と力を込めた。
「……しゅんちゃんのデレ、やばいかも」
何か言ったような気がしたけど、聞こえず、大好きな温もりにぎゅっとしていれば、「こっち向いて」という言葉とともに頭を撫でられて、顔を上げた。
わたしの視界いっぱいに映るのが朝陽で、朝陽の視界いっぱいに映るのがわたしだというのが嬉しくて思わず顔が綻んだ。
「可愛すぎ、しゅんちゃん」と、“可愛い”は女の子にとって特別な言葉なんだからむやみやたらに言っちゃダメなんだからね、と怒ろうとしたら、もう一度綺麗すぎる顔が近づいてきたから目を閉じて、受け入れた。
ここが学校の敷地内で、たくさんの生徒が行き交う場所だということを思い出し後悔するのは、また後のお話。
想いが通じ合って、好きなひとに好きだと伝えられることがこんなにも幸せだとは思わなかった。
好きなひととぎゅっとして、キスをすることがこんなにも愛おしさでいっぱいになるなんて思わなかった。
ねえ、きみこそがわたしの運命だったと思ってもいいかな。
藤朝陽くん、出会ってくれてありがとう。
きみは衣月くんの代わりなんかじゃない。
いつかわたしに言ってくれたようにきみは世界でたったひとりの素敵な男の子だ。
たったひとり、わたしの、好きなひと。大好きなひと。
あの時朝陽と始まったきらめき、もう一度、“恋人”という関係でリスタートしようよ。
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あの日と同じように、無数の視線が突き刺さっていることに気がついたときにはもう遅かった。
そのまま手を繋いで帰り道、隣を歩く大好きな人は「しゅんちゃんが俺のだって知ってもらえて満足」と余裕な笑みを浮かべていて非常に不気味だし。
それに“俺の”ってわたし、前も言ったけど朝陽の所有物じゃないんだよ。また訂正させてもらおう。
「あのー、朝陽?わたし、朝陽の所有物じゃないんだけど!!」
「うん。俺の、カッコ彼女カッコ閉じ、だよしゅんちゃん」
20センチくらい背の高い朝陽を見上げれば、前とは違う答えでありつつ、わたしの頬をしっかりピンク色に染め上げる回答であった。
“彼女”って響き、慣れなすぎてどうにかなりそう。わたしが慣れなくて照れてしまうのをわかっていてわざと言ってるんだ。やっぱりなんて奴、藤朝陽。
朝陽に対する感情がいくら変わって大きくなっていったとしても、朝陽がいつも一枚上手で私じゃ敵わなくて、全部見透かされるのは変わらないと思う。
……あ、でも、朝陽が勘違いしてて理解してないこと、一個あるし、今後やめてもらっては困るので伝えておこう。今日倒れたの、藤朝陽、きみのせいなんだからね!
「朝陽、言いたいことがあります」
「何?もしかして怒られる?」
「せーかいです」
怒るよ、怒ります!森下駿花15歳、私が悪いところもたくさんありますが、これは朝陽のせいなんですから!
「わたしが今日倒れてしまったのは誰のせいでしょう。藤朝陽くん、きみです」
「え、俺?」
「朝陽、わたしが衣月くんのこと考えすぎて寝てないって思ってるでしょ」
見上げている顔が縦に揺れる。考えるような仕草をしているけど、よくわかっていないっぽい。
ばーか、藤朝陽。しょーがないから教えてあげる。ばーか!乙女心をわかりな!!
「昨日、おやすみもおはようもくれなかったし、しゅんちゃん、って送ってくれなかった」
「……あーー、うわ、マジかぁ……」
驚くように目を丸くしてすぐに後悔のような自責のような感情を滲ませた朝陽。繋いでいないほうの手で顔を覆って、隙間からチラッとこちらに視線を寄越してきた。隠してるのに隠れてないんじゃ意味ないよ、朝陽くん。
「昨日、普通に自信無くなってた。しゅんちゃんはどうやったって衣月が好きなんだろうな、とか。ごめんね」
「……いいよ。その代わり、これからどんなことがあっても、喧嘩しても、絶対におやすみとおはようはちょうだいね」
「夜も毎日電話しよっか」
「うん」
なんというか、彼氏彼女としてのルールができたみたいで嬉しかった。
隠し事はなしね、とか、好きって言い合おうね、とか、今だけでも便乗してきたかのようにきみとの約束が増えてそれが嬉しい。
きみとの関係が続いていくにつれて、もっと増えていったらいいな、なんてね。きみとふたりだけの約束、ね。
「ていうかもしかして、昨日の夜も今日の朝も、ずっと待ってた?」
「……うん。スマホ、握りしめてた」
「うーーわ、ごめんすぎるけどフツーに可愛いわ」
一緒に足を動かしていたはずが朝陽だけ止まって、少し引き戻された。不思議な顔をすれば、その勢いのまま、触れるだけ、唇を奪われた。
「可愛いって思ったらそのたびちゅーするね、しゅんちゃん」
きみとふたりの約束がまた増えたけど、そんなのわたしの心臓が持つ気がしない。
でもわたしだって、思ってる。きみとするキス、数えきれないくらいになればいいし、一生きみ以外とはしたくないから。
ちょっとだけ、お返ししよう。これが今のわたしの精一杯。
「じゃあわたしも、朝陽にときめいたら、そのたびちゅーする」
背伸びして、肩に両手を乗せて、唇を重ねた。離れてとらえたきみの顔は、今までで一番赤くて、耳まで真っ赤に染まっていた。
「朝陽だって可愛いね!」
「しゅんちゃん、小悪魔?」
「ふふっ、惑ってね、わたしにだけ」
「当たり前じゃん」とまた顔が近づいたから、「キリがないからだめ」と朝陽のほっぺを挟んだら、想像より熱くて伝染してしまいそうになった。