暗く濃い灰色の雲が広がる空から雪が降って目の前の景色を白く変えていく。

何年かぶりに見る浜辺からの海はやっぱり濁っていて、お世辞にも綺麗とは言えない。

波打ち際で、空の色を飲み込んだような波はうねりをあげて荒立っていた。

「⋯今までありがとう。俺のことは忘れて幸せになって」

弱々しく笑った拓海が私の頬に手を添えると、そっと顔を近づけた。

目を閉じれば、今でも拓海の顔も耳に残っている声も鮮明に思い出せる。


「他の人と一緒にいて...幸せになれるわけないじゃん...」

自分の唇をなぞるように触れ、波にかき消されそうなほど小さな声で呟いた。

十八歳の冬。
最愛の人がこの世から居なくなって私に大きな影を落としていった。

あれから七年⋯
私は拓海の歳を追い越して二十五歳になった。

時のは流れは早い。
私の時間は十八歳で立ち止まったまま、終わりのない想いがずっと続いている。

浜辺を歩くと楽しい想い出ばかりが押し寄せてくる。

初めての彼氏、初めてのキス、初めてのデート。

波の音を聞きながら空を見上げる。

会いたいよ⋯もう一度、拓海に会いたい⋯

この場所に来るといつもそう思う。

頬に冷たい涙が伝い、鼻で息を吸うと冷たい空気に刺激されて鼻孔がツンと痛んだ。

何かきっかけがあればこの心は救われるのだろうかと考えたけど答えは見つからない。

きっと、この先も見つからない。
だから、この海に来るのは今日が最後。

自分の気持ちにケジメをつけるために来た。


「幸せになって」と言った拓海の言葉と表情を思い出す。

それは私を愛してくれた人の最後の願いでもあるから⋯

私はもう幸せになるね。

「拓海。大好きだったよ」

浜辺に打ち寄せる音にかき消されながら、私はそう呟いてゆっくりと歩きだした。