「……はは、ありがとうございます。あの、でも、連絡先はその、事務所からNG出てるので」
「えーいいじゃないですか。つーか、そんなの守ってるとかすごくないっすか、逆に」

 不満を露骨にあらわしては、遠回しの断りを蹴散らしていく。若さとはおそろしいもので、こわいもの知らずだから困る。わたしも十代のときはこんなにも堂々と世間知らずだっただろうか。

「んー? どうですかね、はは」

 愛想笑いもそろそろ限界を迎えていた。これはどうするべきか。あれやこれやと考えていると、紙パックにストローをさした来栖凪が廊下を歩き、こちらに向かってくるのが見えた。どうやら次の撮影に入るみたいだ。
 ぴたり、視線が合えば、来栖凪の視線はすぐにわたしの頭上へとそらされる。

「ねえ、うたちゃん。いいじゃないですか。交換してくださいよ」
 
 ふと名前を呼ばれ、嫌悪感がぐぐっと募る。人が下手に出ていれば、いよいよ『うたちゃん』にされている。ずいぶんとなめられてしまっているらしい。
 ここは年上らしく、一度はがつんと言うべきか、と息を吸い込んだところで、ふわりと肩にかけられた重み。
 白いシャツだったわたしに、だれかのブレザーが落ちてくる。
 ふわり、香ったその匂いに、どくんと心臓が持っていかれた。

「風邪引かせたら、お前ら終わりだかんな」

 聞き慣れないそのイントネーションに顔をあげる。よく知った声なのに、よく知った匂いなのに、決して普段出さない方言に驚いた。
 わたしの隣に立ったのは紛れもなくあの来栖凪で、すこしだけ不機嫌そうな彼で——でも、聞いたことのないイントネーションに耳を疑った。
 いきなりの登場に戸惑ったのか、はたまた来栖凪がこんなにも近くにいることに動揺したのか、若者ふたりは一気に恐縮してしまって。

「あ、すいません……えっと、先いきます」

 視線をめいいっぱい泳がせながら足早に去っていくその背中にきょとんとしてしまう。
 あれだけ強気だった姿がまるっと消えていた。来栖凪の効果は絶大だったらしい。