「知っています。桜井うたさんですよね。出演されているドラマも拝見していますし、あなたがここに現れたときは正直驚きました」
「……そう、ですよね」
「なので、事務所所属ということは、移籍という形になりますね。業界内ではあまり好まれない話ですが」
「……移籍は、ちょっと」

 あの事務所の社長の顔というよりも、夢さんの存在を思い出した。
 わたしが移籍してしまうと、夢さんを裏切ってしまうような形になる。
 それは、どう考えても出来る話ではなかった。

「そうですか。いえ、それが妥当の判断だと思います。ただ、グラビアアイドルとして活動していくには、あの声はもったいないです。持て余しているといっても過言ではないことをお気づきですか?」
「……そう言っていただけることは光栄です」
「わたしは桜井うたさんとしてではなく、こころさんとしてお話をさせていただいています。もしあなたがこころさんとして活動をしていくというのであれば、今の事務所ともお話させていただきますし、あなたにグラビアをさせることもなくなります」
「……」

 この人は、わたしの心の奥をのぞいている。芸能界に身を置く人間は、なにも表舞台の人間だけじゃない。裏方と呼ばれる人がごまんといて、長野さんもその一人だ。
 そして、こういう人に限って鋭い。今までに何百人と見てきているから、洞察力が長けているのだろう。

「……一度、考えさせてください」

 長野さんと別れ、しばらく歩いたところで夢さんに電話をした。
 正直に話すべきか、濁して言うべきか、頭の中はぐちゃぐちゃで、けれどきちんと話をしないといけないのは分かっていた。
 わたしのへたくそな話を、夢さんは黙って聞いていた。変に遮ることもなく、うん、うんと頷き、話が終わったのを察してはこう言った。

『うたはどうしたいの?』
「え……」
『うたがどうしたいのか、私には全然伝わってこないんだけど』
「……どうしたいって、それは」

 夢さんの言葉は厳しくも優しかった。
 いつだってわたしの真意を大切にしてくれて、今だって、わたしが事務所を辞めたいと言い出すかもしれないのに、夢さんの声は温かい。