「来ていただいてありがとうございます」

 都内の喫茶店で待ち合わせをしていたわたしたちは、互いの顔を見るなり頭を下げた。

「あ、いえ……えっと」

 配信者こころとして名乗るべきか、はたまた桜井うたとして名乗るべきか、躊躇いが生じた。
 それでも目の前の女性は「こころさんですよね?」と穏やかに微笑んだ。
 
「はい……こころです。よろしくお願いします」
「長野です。あ、名刺を……はい、こちらこそ、よろしくお願いします。早速ですが今回声をかけさせてもらった理由を──」

 受け取った名刺には、あのメッセージにも書かれていた事務所名が記載されている。
 歌手を多く抱えた大手の芸能事務所だ。
 長野さんと名乗った方は、いかにも大人の女性という印象だった。バリバリのキャリアウーマンで、話の要点が分かりやすく、それでいて仕事が出来るというイメージ。

「今回こころさんに事務所への所属と、CMのイメージソングの依頼をお願いしたいわけです」
「…………え?」

 話がとんとん拍子で進み、行きついた依頼に思考が追いついていかなかった。

「もちろんイメージソングの依頼は断っていただいて構いませんし、所属も抵抗があるようでしたら無理強いはしません」
「あ、あの……すみません、所属はもう別の事務所でしていまして……」

 配信者としてなら顔を隠せたが、面と向かって話をするとなると、わたしがどういう人間なのか知っている人が大半だ。
 長野さんは「ええ」と頷く。