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「あれ……どうやって帰ってきたんだっけ」

 ふと部屋を見渡して気付いたことは、灯りさえ失った暗闇に、ぽつんといるといる光景だった。
 撮影が終わって、夢さんと合流して、それから、それから──。

「……だめだ、ぜんぜん思い出せない」

 いつ家に帰ってきたのか、まるで酒に溺れた翌朝のような気分だった。
 ショックで記憶を失うこともあるんだなと自嘲がこぼれ、そうしてまた、仄暗い闇へと潜っていこうとする。
 来栖凪がなにを考えているのか分からなかった。
 信じたい気持ちと、裏切られたという気持ちが交差して、ギスギスと互いが領土を支配していこうとする。
 ふと部屋の片隅に置かれたギターに目が止まり、のそのそと這うように手を伸ばした。
 
 どんなときも、心を救ってくれたのは歌だった。
 辛いことがあっても、理不尽なことがあっても、歌を歌うとなんでも吹き飛ばせるような気がした。
 バイト代を貯めて自分のギターを買ったときは胸がはちきれるじゃないかと思うぐらいにうれしかった。
 わたしは歌で生きていくと、そう決めて上京したはずなのに、気付けば歌から遠ざかっている人生で。わたしはなにがしたいんだろうと、自分を見失ってしまった。
 歌だけが、わたしの全てだったはずなのに。
 
 するすると、画面の上を泳いでいく指は、自分だけではない外の世界へと繋がる手段を知っている。