「やっぱり恥ずかしいじゃないですか。その……キスって……だから、内緒にしてください」

 ちゃんと笑わないと。うまくやらないと。
 こういうときだって、きちんと対応してきてたじゃないか。
 なにがあっても瞬時に桜井うたとして乗り越えてきたじゃないか。
 
 でも、この二人にはなにかがあって──いや、ちがう。なにか、なんてそんな曖昧なことじゃない。
 何度も出されてきたそのワードを、自分でなぞってしまうのが嫌だった。
 なにが起こったのか、ちゃんと来栖凪から聞きたい。
 佐原まなみの言葉としてじゃなくて、来栖凪の言葉として聞きたいのに。

「──っ」

 来栖凪は、ただふいっと視線を落とすだけだった。
 わたしを見ることなく、佐原まなみの言葉を否定するわけでもなく、ただただわたしから視線を逸らしただけで。

「……」

 それがなによりもショックだった。
 どうして否定してくれないんだろう。どうして佐原まなみの言葉を遮ってくれないんだろう。
 そんなの、まるで二人がキスをしたと認めているようなものじゃないか。
 胸がきゅっと締め付けられていくような感覚だった。きりきりと、有刺鉄線で締め付けられるみたいに、心が痛くて苦しかった。

「桜井さん?」

 ハッとする。笑みが消えてしまっていたのを、無理にでも作り出す。

「大丈夫です。誰にも言いませんから、キスのこと、黙ってます」

 油断すると、なんだか涙が出てしまいそうだった。
 だから笑った。ちゃんと笑った。
 そうじゃないと、あまりにも自分が惨めで、情けなくて、骨まで震えてしまいそうで。

「よかったあ……。桜井さんやさしいですね。わたし、この話誰かに知られたらって思うと怖かったんですよ~。でも桜井さんなら信用します」