「だって、キスって皮膚と皮膚の触れ合いってだけじゃないですか。だからわたし気にしないですし、ナギくんも気にしないでください、ね? ああいうのは誰にもあるんですか──あ、桜井さん」
 
  ようやく佐原まなみもわたしの存在に気付いたらしい。
 ……なにを、言っているのだろうか、彼女は。

「もしかして聞こえちゃってました?」

 恥ずかしそうに肩を竦め、上目遣いで聞いてくる佐原まなみに動揺が隠せない。

 キスのことを誰にも言わない……?
 お互いが気にしないって……なに?
 それって、口づけを交わしたってこと?
 そんなの台本にあったっけ……?

 疑問が湧き水のように出て止まらない。
 状況が理解出来なくて、どう解釈すればいいのか分からなくて、なんとか口角を上げるのに精一杯で。

「あ、うん。なんか聞こえちゃって」

 桜井うたとして何度も作ってきた笑み。なのに、油断すると頬が痙攣してしまいそうで、真意を求めたくて来栖凪を見るのに──。

「ごめんなさい、わたし声大きくて」

 佐原まなみの小さな謝罪に、視線が彼女へと流れていってしまう。

「ちょっとトラブルがあって……でもキスぐらいですから」
「……うん?」

 なにを、言われているのだろう? なにを弁解させられているのだろう?

「あ、このこと誰にも言わないでくれますか? 本当はナギくんと秘密にしようとしてたんですけど」
「秘密……」

 なにを? なにを秘密にしようとしていたの?
 もやもやと広がる胸騒ぎに、笑顔が消えていきそうで怖い。