「すげ、本物だ。あ、えっと、握手……いや、サイン! サインください」

 害すどころか、リョウに遭遇して歓喜極まっているものだから少し拍子抜けしてしまう。
 リョウもリョウで意外だったのか「え、あ……はい」と差し出されるノートにペンを走らせていた。
 
「俺、リョウのファンなんです。頭いいとことか歌がうまいとことか、尊敬しかないんで。こうして会えて嬉しいです」
「え……あー……そういう展開になんの?」
「え?」
「あ……いや、いいんだけど」

 邪魔者登場並みにかっこつけて出てきたリョウだったが、カスミくんの羨望にも似た眼差しには苦笑を浮かべるしかなかったのだろう。

「あ、すいません。事務所から電話で……ちょっと、ほんとちょっと! 電話してきますね! すぐ戻るんで! まじですぐなんで!」

 サインをもらえて意気揚々としているカスミくんは、スマホを耳に当てながら「っつかれっす」となんとも気だるいお疲れ様ですを口にしていた。

「え……なに、あの子ってそういう子なの?」
 
 未だカスミくんのノリについていけていないリョウは理解を求めるようにわたしに視線を流してくる。

「いや、まあ……そういう子らしいですね」
「俺が出てきても、なんも迷惑そうじゃなかったけど」
「迷惑じゃないからでしょうね。嬉しさが勝ってましたね」
「てっきり俺、ナギのライバルかと……」
「ライバル?」
「こっちの話。つうか、あんなのナギに見られたらかなり怒ると思わない?」

 途端に出されるその敏感な名前に、うっ、っと声が詰まる。

「……今、その名前を出されても困りますね」
「なに? 喧嘩中? それとも佐原まなみの件? それともそれとも野木瑠璃奈の件?」
「喧嘩以外の二つですね」

 どう考えても、喧嘩すら出来るような仲でもなくなってしまった。
 怒るもなにも、向こうは向こうでハーレム状態だ。