撮影が終わり、控え室から出ようとすれば、ゴンっと鈍い音と「うっ」と低く唸るような音が飛び出してくる。
 何事かと扉の向こうをそっと様子見すれば、片手をおでこに当てるカスミくんの姿。

「えっ、あ、カスミくん?! ごめん、当たった?! 完全に当たったよね?!」
「いや、大丈夫っす、ぜんぜん。俺のタイミングが悪かっただけで」

 苦笑を浮かべながら、おでこをさする彼の後ろには相棒のように担がれたギターケース。
 もう装飾品の一部にさえ見えてくる。

「ちょうどノックしようと思ったら桜井さんが出てくるんで、これはもう運命としか言いようがないですね」
「なにかと運命に繋げるね……」
「ふは、そんなあからさまに引かないでくださいよ」

 苦笑から、吹き出すような笑顔。この人の笑いには一体どれだけの種類があるのだろう。ころころ変わるその顔を見ては、

「あ、そういえば、どうしてここに?」

 彼が撮影現場にいるというのは珍しい。彼も彼で「そうそう」と思い出したかのように口を開く。

「ちょっと桜井さんを連れ去りに行こうかと思いまして」
「…………ん?」
「あ、マネージャーさんにも一応許可はもらってます。大丈夫です」
「いやいや? 大丈夫ってなにが? なんでマネージャーさん知ってるのかな」
「あ、今日の桜井さん最高にかわいいですね」
「話すり替えたね。びっくりだね。それはもうびっくりだね」
「はは、もう桜井さんかわいすぎですよ。お持ち帰りしますよ」
「いや、だからね——」
「たのしそうだね」

 不意に鼓膜を貫いていったその音に、身体が驚くほど跳ねた。

「俺も仲間に入れてよ」

 そう言ったのは、これから撮影であろうリョウだった。
 てっきり来栖凪かと思ってしまったわたしの心は、次第に動きを緩やかなものへと変えていく。
 無遠慮なリョウな瞳は、ギターケースを抱えるカスミくんへと向けられていた。
 そんなリョウの視線にも、カスミくんは気分を害すことなく「うわあ」と声を漏らす。