「〝……いやだ、好きになってよ。私のこと好きになって。あの子じゃなくて……お願いだからわたしを見てよ〟」

 見て、お願いだからわたしだけを見て。ほかの女の子じゃなくて、わたしだけを。わたしだけを好きになって。
 それでも来栖凪はなにも言わない。この先は台本にはなにものっていない。ここで終わるはずだったで、ここでカットがかかるはずだった。それでも、台本にはのっていない続きがこの空間にあることを、誰もが悟っていた。

「〝俺を本気で好きになったあんたが悪いよ〟」

 そんな台詞はなかった。来栖凪のアドリブ。けれど、今までさんざん邪魔ばかりしてきた南沢えなには必要すぎる鉄槌だ。

「〝……っ、ひどいよ、好きにさせて〟」
「〝……〟」
「〝ひどいよ……〟」

 好きにさせないでほしかった。夢中にさせないでほしかった。できることなら、手の届かない人であってほしかった。一度でも手が届いてしまったら、もうずっと求めていってしまうから。心がほしくなってしまうから。

 もう南沢えなの心なのか、それともわたしの本音なのか、心の中がぐちゃぐちゃだ。
 視界が歪み続けている。涙の先に見える来栖凪の顔があまりにも綺麗で、また泣けてしまう。

「カーーーーーーット!」

 監督の勢いある合図が飛んで、張りつめていた糸が静かに緩んでいく。
 慌てて頬の涙を拭おうとすれば、その手を来栖凪に止められてしまって。

「      」

 耳元で囁かれたその言葉に涙がぱたりと止んでしまった。

「え……」

 彼と近距離で視線が甘く絡むと、余韻を残すように彼は現場を離れていってしまう。
 監督やスタッフに絶賛される中で、彼の声を思い出していた。

『次会うときには証明するから』

 その言葉の中に、なにが含まれていたのか、ぼぅとする頭の中でぐるぐると考えていた。