「……どうだろう」
「してないって言わないんだ」
「言えないよ。難しいもん」

 彼との関係は難しい。正解がなにかと問われたら、きっと彼に恋をしないことが正しかったのだと思う。接点を持ってもよかったけれど、好きになるべきではなかったのだと思う。

「撮影始まりまーす!」

 合図がかかってくる。この撮影が終わったら、彼はまたすぐここからいなくなってしまう。
 引き止めたい。行かないでと繋ぎ止めたい。でも、わたしにはそれが許されない。わたしは桜井うただから。

 カウントダウンが始まる。気持ちを切り替える。桜井うたから南沢えなに。
 彼の表情もすっと変わっていく。来栖凪じゃない、役としての彼に。

「〝私を呼び出すなんて珍しいね。彼女にしてくれる気になった?〟」

 嫌味ったらしく微笑んで、彼との距離を縮めて、それから止められる。

「〝まさか。いい加減、面倒だなと思って〟」
「〝……はあ? なにそれ〟」
「〝あんたが好きなのは人の彼氏なんだから。俺じゃない〟」

 ──ちがう。南沢えなは、夜凪のことを本気で好きになっていた。
 だからこそ、想いがぜったいに通じないことを察して感情が昂っていく。

「〝……好きだって言ったら?〟」
「〝……〟」
「〝本気で好きだったって言ったら、どうしてくれんの〟」
「〝……〟」
「〝ほんとうは気づいてるんでしょ? わたしが本気で好きだったってことを。だからこうしてわざわざ終止符を打ちにきた。違う?〟」

 けれど、夜凪も夜凪でわかっていた。南沢えなが、自分にまがいものではない好意を寄せていることに。

「〝……わかってて、こうして振ってるんでしょう? 気持ちに答えられないって〟」
「〝……〟」
「〝ねえ……なんで何も言ってくれないの。なんで……わたしじゃだめなの〟」
「〝……俺は梓のものだから〟」

 涙が自然と溢れてくる。来栖凪の顔が、ほんとうに梓を想っているような顔で、それがたまらなく苦しくなって、ぼろぼろと生温かい雫が頬を伝う。