「はあ……とりあえず、うた。今日の撮影頑張ってくるのよ。視線が痛いだろうけど」
「……これだけ脅されたら頑張れないですよ」

 そんな今日、来栖凪とふたりっきりでのシーンがある。
 南沢えなが8話にして感情を爆発させるというもの。人の彼氏を奪ってきたえなが、唯一手に入れられない夜凪を本気で好きになってしまい、好きになってよと涙ながらに訴えるというシーン。
 
 涙をちゃんと流せるかどうか心配だったのに、これ以上に心配ごとを増やされてしまっては困る。
 はらはらと不安が積もっていく中で、制服姿に着替えた来栖凪が現場に現れる。
 視線が合うこともなくスタンバイするものだから、わたしも急かされるように配置につく。

 空き教室でのシーン。橙色に染まった中で、来栖凪のシルバーピアスがきらりと輝いた。

「元気だった?」

 小さくて、聞き逃してしまいそうな声。わたしを一瞥することもなく、淡々と話を切り出した彼に「元気だったよ」と簡潔に返す。

 ほんとうは話したことがあったなんて、こんな場所で言えるわけがない。
 カスミくんに告白されたよとか、野木瑠璃奈ちゃんとの熱愛情報は信じなくていいの?とか、最近なにしてた?とか。たくさんたくさん、頭の中に降り続いた疑問は、塵となって消していく。

「佐光がなにか言ったみたいだね」
「知らなかったの?」
「さっき脅して白状させた。ずっと口を割らなかったから」
「……ずいぶんと物騒だね」
「そんなことない。合法的に脅しただけ。それより、佐光のこと、ごめん。気にしなくていいから」
「……ううん、間違ったことは言われてないから」

 言われたわけじゃない。でも、心に残った矢は今も深く刺さったまま。

「後悔してる?」
「なにが?」
「俺と接点持ったこと」

 周囲のざわめきが次第に落ち着いてくる。ああ、もうすぐ撮影が始まってしまうのか。