私が住んでいるのはおじい様の会社が管理するマンションなんだから、鍵だって管理されている。そもそも、おじい様は私の保護者として合鍵だってもちろん持っているし、私にまつわる様々なことを決定する権利がある。
 本人の意思を無視して引っ越しをさせたとしても、違法性はなにもないんだろう。
 本間さんに招かれるがままに足を踏み入れた新居の一室には、見慣れた私の部屋の家具たちがあった。下の階の私の部屋の配置そのままに、一回り以上広くなった部屋に置かれている。
 今から下の部屋に帰ったところで部屋の中は空っぽだし、それにきっともう鍵も変えられて入ることさえ出来ないだろう。
 ほんの数時間前に合格の文字を見たノートパソコンも机の上に置かれていた。あの電話から婚姻届けを書かされている数時間で、引っ越しは完了されていた。私が婚姻届けにサインしない未来なんてあるわけがないと思われていた。
 本当にあのたぬきじじいは……

「新しい調度は蓬莱社長にお任せしたのですが……なかなか面白いことになっていますよ」

 私が部屋の入り口で拳を握りしめていると、廊下の奥から本間さんの声が聞こえた。
 気安く近寄るのも嫌だったけど、気になって廊下を進んで彼の見ている部屋を一緒にのぞき込み、硬直した。

「夫婦の寝室ですね」

 本間さんが言った通り、そこは寝室らしかった。
 部屋の奥の壁にキングサイズのベッドが置かれ、レースの天蓋がついている。

「天蓋付きベッドなんて、初めて見ました。公子さんの好みですか?」

「違います!」

 私にこんなメルヘン趣味はない。
 私は踵を返してフロア中の扉を開けた。カウンターキッチンのダイニングに私が使っていた二人掛けの小さなテーブルはなくて、四人掛けの大きなテーブルに変わっていた。家具をそのまま持ってきたのは私室だけみたいだった。二人暮らし用に要所要所、家具が買い替えられている。
 リビングには大きなソファーが置かれて、天井まで埋め尽くす本棚で覆われた本間さんの書斎らしき部屋もあった。
 フロア全部の部屋を見ても下の階にあった私の寝室はなくなり、私が使っていたシングルベッドはなくなっていた。
 布団もないし今夜はどこで寝ようか頭を悩ませながら廊下を私室に戻って行くと、開け放された寝室の扉から本間さんがお姫様みたいにふわふわの天蓋付きベッドに腰かけているのが視界に入った。

「どうです。いっしょに休みませんか?」

 私の視線に気がつくとベッドに横たわり、私を招くようにシーツを叩く。

「お断りします!」

 私は力いっぱい寝室の扉を叩き閉めた。