シェルドニア王国が手配したチャーター便に乗って、二人がやって来たと聞いて。
俺は、急いで空港に行き、二人を迎えに行った。
慌ただしく亡命してきて、二人共憔悴しているのではないかと心配したが…。
「ふぅ。やっと着きましたねー」
「あぁ…。まったく、どうなることかと思ったよ」
ルレイア殿もルルシー殿も、意外にけろっとしていた。
良かった。
「ルレイア殿、ルルシー殿…。お久し振りです」
俺は二人に駆け寄って、声をかけた。
…しかし。
「さーて、それじゃ何処ぞの童貞坊やに会いに行くとしましょうかね」
ルレイア殿は、俺の存在を完全にスルー。
さっさと立ち去ろうとしていた。
えっ。ちょっ。
「ルルシー、早く行きましょうよ」
「…あのな、ルレイア。目の前にいる人を無視するな」
「えっ?誰かいます?」
ルレイア殿は、わざとらしく周囲をきょろきょろしていた。
…あなたの目の前にいますよ。
これはいつもの…アレだな。ルレイア殿の悪ふざけみたいなもの…。
「あの…ルレイア殿。俺、ここです」
見えてない振りをするのはやめてください。
「ん…?何処かから、童貞坊やの声が聞こえる…気がしますけど、きっと気の所為ですね」
「…気の所為じゃないです…」
その童貞坊や、あなたの目の前にいますよ。
…あと、どうでも言いけど、俺はもう童貞坊やじゃ…。
…。
「うん、きっと空耳ですね。長旅で疲れてるんでしょう。さて、それじゃさっさと移動、」
「…ルレイア、いい加減にしろ。聞こえてるだろうが」
「いたたたた」
痺れを切らしたルルシー殿が、ルレイア殿の耳をぎゅーっと引っ張った。
ルルシー殿の存在が、非常に有り難かった。
俺一人だったら、きっとルレイア殿は本当に、俺の前をスルーして通り過ぎていただろう。
「お前な。ルアリスは恩人だぞ?箱庭帝国に受け入れてくれた恩人。その恩人を無視するとは何事だ?」
「ちょ、ルルシーったら。そんなに怒らないでくださいよ。ちょっとした、お茶目な冗談じゃないですか」
ギロッとルレイア殿を睨むルルシー殿の眼光に、さすがのルレイア殿もたじたじ。
ルレイア殿がこんな態度を取るのは、ルルシー殿が相手の時だけである。
…それから、俺は恩人ではない。
恩人は、ルレイア殿の方だ。
「分かってますって。わざわざ空港にまで迎えに来て、暇人だなーと思ったからちょっとからかいたくなっただけですよ」
…暇人だと思われてたのか。俺。
「…本当、本ッ当にごめんな?躾がなってなくて…」
相棒の非礼を、ルルシー殿は申し訳無さそうに謝ってきた。
「いや、その…大丈夫です。…慣れてるので…」
むしろ、どんな状況でもルレイア殿はルレイア殿で、安心したよ。
…元気そうで良かった。
…さて、気を取り直して。
「お二人共、しばらくこの箱庭帝国に滞在するということで良いんですよね?」
「あぁ。…申し訳無いんだけど、そのつもりだ」
と、ルルシー殿が答えた。
申し訳無いだなんて。
「良いんです。お二人ならいつでも歓迎します」
何なら、いつまででも居てくれて構わない。
ルレイア殿も、その相棒であるルルシー殿だって、この国の英雄なのだから。
「帝都のホテルの一室を確保してあります。そこに滞在されますか?それとも、お二人が住める家を用意しましょうか」
「いや、本当…。気を遣ってくれなくて良いんだ。ルレイアと二人、密かに暮らせる場所があれば、それで充分だから」
ルルシー殿は、遠慮するようにそう言ったが。
「…それよりも、ルアリス。あなた」
ルレイア殿が、間に割って入ってきた。
珍しく、真剣な眼差しだった。
何より、ルレイア殿がまともに俺の名前を呼んだ。
それだけで、襟を正す思いだった。
いつもだったら、さっきみたいに童貞呼ばわりしたり、わざと違う名前で呼ぶのに。
つまり、それだけ真剣な話だということだ。
「…はい。何でしょう」
「ルシード…。シェルドニア女王の側近が言うには、俺とルルシーの箱庭帝国亡命を、二つ返事で了承したそうですが」
「はい」
「あなた、俺がルティス帝国で何をやったか、知ってるんですか?」
ルレイア殿が、何で国外に亡命するようなことになってしまったのか、その理由について知っているのか。
ルレイア殿は、俺にそう聞いているのだ。
前述の通り、俺はこの時点で、まだ亡命の理由を知らなかった。
だから、素直にそう答えた。
「いいえ、まだ聞いていません」
「…あなた、亡命の理由も知らずに、俺達を箱庭帝国に入れたんですか?」
「はい」
ルレイア殿の、この呆れたような表情。
…馬鹿じゃないのかこいつ、って思ってそう。
「…馬鹿じゃないんですか、あなた…」
ほら、やっぱり。
俺も、ルレイア殿が何を考えてるのか分かるようになってきたな。
「あなたは童貞坊やだから、知らないかもしれませんが」
童貞坊や、関係あります?
「普通、亡命希望者を受け入れる際は、その理由を詳しく聞いて、亡命を受け入れるかどうか審議してから許可を出すんですよ」
「…そうでしょうね」
普通はそうでしょう。
俺だって、国外からの亡命者を、無条件に受け入れるつもりはない。
助けを求めてきた人は、出来れば全員受け入れてあげたいけれど。
俺が何より優先して守るべきは、祖国箱庭帝国の民だ。
だから、誰でも彼でも、無条件に亡命を許可する訳ではない。
…でも、相手がルレイア殿となれば、話は別である。
俺がこんなことを言うのは、おこがましいかもしれないが。
ルレイア殿も、ルルシー殿も、亡命希望者である前に、俺の友人だから。
友人が助けを求めてきたら、それに応えるのは当然のことだろう?
「あなた方は、この国を救ってくれた恩人です」
俺は、呆れるルレイア殿にそう言った。
「恩人を助ける為に、協力は惜しみません。例えどんな理由であろうとも関係ない」
ルレイア殿がいなかったら、祖国の解放はなかった。
この国を救ってくれたルレイア殿に恩を返す為なら、どんなことでもしてみせる。
「やれやれ…。相変わらず甘ちゃんですよ、あなたは」
「そうかもしれませんね。でも…俺がそうしたいからしてるんです」
だから、遠慮しないでください。
「どうぞ。いつまででもゆっくりしていってください」
「…聞かないんですか?俺が何をしたか」
「…教えてくださるなら聞きますが」
別に何も言わなくても、ルレイア殿ならいつまででも居てくれて良いですが。
「まぁ、一応話しておきますよ。俺の誠意って奴です」
そう前置きして、ルレイア殿は喋り始めた。
その内容は、俺の予想だにしない理由だった。
なんと、ルレイア殿がルティス帝国内の貴族の当主を殺害した嫌疑をかけられているのだとか。
で、殺人事件の容疑者にされたせいで、国内にいられなくなったとか。
そのまま国内にいれば、ルレイア殿が殺人事件の犯人にされてしまう。
…信じられない。
何だって、そんなことに。
「…ルレイア殿が殺人事件の容疑者だなんて、本当に皆信じてるんですか?」
「…あなたって人は、俺が本当に犯人かもしれないとは思わないんですか?」
…え?
「俺はマフィアなんですよ?人殺しくらいやっててもおかしくないでしょう」
それは…おかしくないかもしれませんけど。
でも、今現在ルレイア殿にかかっている嫌疑は、まったくの冤罪だ。
「仮にルレイア殿が殺したのだとしても、あなたなら誰にも気づかれずにやり遂げるはずです」
「…」
「つまり、ルレイア殿に敵意を持つ何者かが、その貴族の当主を殺害し…。その罪をルレイア殿に押し付けたんでしょう」
そうとしか考えられない。
ルレイア殿に、一体何の恨みがあったのか…。まさか殺人犯の汚名を着せるなんて。
とんでもない命知らずだ。
「あの」ルレイア殿に下手に手出ししたら、恐ろしいことになると知らないのか?
「…」
ルレイア殿は、しばしじっとこちらを見つめ。
「…実は本当に俺が殺したんです、と言っても、信じないんですか?」
「はい。そんなつまらないミスを犯すような人だったら、箱庭帝国の解放なんて出来るはずがない」
「…言うじゃないですか」
えぇ。勿論。
これでも、ルレイア殿と付き合いが長くなってきたから。
この人がどういう人か、よく分かっている…と言うのはおこがましいけれど。
多少は分かっているつもりだ。
「でも、本当のことなんですよね?」
「…えぇ、そうです。人気者の辛い性ですね」
ほら、やっぱり冤罪なんだ。
じゃ、俺がやるべきことは一つだ。
堂々と、この人を箱庭帝国に迎え入れれば良い。
…よくぞ、俺を頼ってきてくれたと思った。
それだけ、多少なりともルレイア殿にとって、頼りになる存在になれたのかと思うと、少しだけ自分が頼もしく感じた。
「ようこそ、箱庭帝国へ。あなた方を歓迎します」
ルレイア殿に少しでも恩返しする機会に恵まれたのだと思うと、俺にとっては願ってもない機会だ。
「箱庭帝国は、正式にお二人の亡命を許可します」
「あぁ。…ありがとう、ルアリス」
「どうぞ宜しくお願いしますね」
ルルシー殿と、ルレイア殿が続けて言った。
亡命先に箱庭帝国を選んでくれたからには、後悔だけはさせないつもりだった。
ーーーーー…さて、ルアリスに歓迎されて、箱庭帝国にやって来た俺とルルシー。
ルアリスに、帝都にある小さな家に案内された。
「ここなんですけど…。…どうですか?」
と、ルアリスが聞いてきた。
どうって、何がどうですか。
一軒家ではあるけど、中古の小さな平屋。
シェルドニア王国で住んでいたアパートに比べると、随分と慎ましい家である。
しかし、それが良い。
何より、部屋もカーペットも真っ白じゃない辺りが最高ですね。
「良い家じゃないですか。結婚式を終えたばかりの俺とルルシーに相応しいスイートハウスですよ」
「…え?結婚式?」
ぽかんとするルアリス。
「…あのな、ルレイアの戯言だから。気にしなくて良いからな」
ルルシーが、能面みたいな顔で答えた。
ちょっと。何でですか。
戯言も何も、本当にさっき結婚式してきたばかりでしょうよ。
…まぁ体験会なんですけど。
「え、えぇと…。何か必要なものがあったら教えてください」
「はい、そうします…。…あぁそうだ、これ」
「はい?」
俺は、シェルドニア王国の空港で買ってきたお土産を、ルアリスに差し出した。
これを渡すのを忘れちゃいけませんよね。
「お土産です。是非家族で食べてください」
「あ…ありがとうございます…」
ルアリスは、びっくりしてお土産を受け取った。
…そんな驚かなくても。
お世話になるんですから、俺だってお土産くらい渡しますよ。
敷金礼金代わりにね。
「ルレイア殿が…俺にお土産をくれるなんて…」
「失礼な。俺だって礼儀正しい大人なんですからね」
「そ、そうですか…。そうですよね…」
「大事に食べてくださいね。そのし…。ミミズ饅頭」
「ありがとうございま…。…え?ミミズ?」
目を真ん丸にして、固まっているルアリス。
どうしたんでしょうね。シェルドニア王国の名物土産なのに。
きっと喜んでくれたに違いない。
「じゃ、今日からここに住まわせてもらいますねー」
「は、はい…。えっ、ミミズってなん…。…えっ…!?」
俺が渡したセンス抜群のお土産を手に、あたふたしているルアリスを横目に。
俺とルルシーの、楽しい楽しい箱庭帝国亡命生活がスタートした。
いやぁ。俺達の未来は明るいですね。
ーーーーー…その頃。ルティス帝国では。
「…んー…。…成程…」
僕は、自室のパソコンの前で名簿を開いていた。
…すると。そこに。
「ルーチェスくーん」
「はい?」
自室の扉の影から、僕の嫁のセカイさんが、ひょっこりと顔を覗かせていた。
おー。可愛い。
「もう寝る時間だよー?まだ起きてるの?」
「えぇ。実は今仕事が立て込んでましてね」
というのも。
現在、敬愛するルレイア師匠が不在であり。
それに、ルルシーさんもいないので、『青薔薇連合会』には幹部が二人も欠けている。
その分、彼らの仕事を他の幹部達で割り振っているので、普段より仕事は多めである。
…ついでに言うと、今の僕は、アイズ総長から頼まれた「別のお仕事」もありますからね。
とても忙しい状態なんです。いやはや。
「なーんだ…。つまんないな。今夜は可愛いルーチェス君の為に、いーっぱい『サービス』してあげようかなーと思ったのにー」
ちょっと聞き捨てならないことを聞きましたね。
「セカイさん。その『サービス』というのは…夜のサービスのことですよね…?」
「うん。もっちろん」
「…」
本気で、今やってる仕事を放り出して、セカイさんとベッドインしようかという衝動に駆られた。
動機がコレだったら、ルレイア師匠もきっと怒らないと思うんですよ。
下半身の衝動には勝てません。
しかし、ここで衝動に負けるのは、愚かな獣ですよ。
愛する師匠の為に、僕は血の涙を呑んで耐えた。
辛い。実に辛い瞬間です。
「…大変そそられるお誘いですが、残念ながら今、本当に忙しくて…」
「そうなんだ…」
「…その『サービス』権って、後日に持ち越し可能ですか…?」
もし持ち越し不可能だったら、僕はもう一回考え直します。
しかし。
「しょうがないなー。セカイお姉ちゃんは優しいからね。可愛い弟くんの為に、『サービス』は次回に持ち越ししてあげよう」
「ありがとうございます!」
セカイお姉ちゃんの優しさに、万歳。
これでお仕事、いっぱい頑張れる気がしてきました。
「それにしても…お疲れだね、ルーチェス君」
「えぇ…まぁ」
まさか、亡命中の師匠の無実を証明する為に頑張ってます、とも言えず。
言葉を濁すしかないのが辛いところですよね。
しかし、幸いなことにセカイさんは、しつこくは聞いてこなかった。
「そっかー。頑張ってるねールーチェス君。よしよし」
もみもみ、と肩を揉んでくれた。
その気持ちは、大変嬉しいのだが…。
「済みません、セカイお姉ちゃん…。有り難いんですけど、そう触られるとムラムラしてきちゃうので、勘弁してください」
「おぉっと。ルーチェス君はえっちだなー」
そうなんですよ。思春期なんで。
「じゃあ、代わりに何してあげよっか?何でもしてあげるよ。このセカイお姉ちゃんにどーんと任せなさい」
とのこと。
えへん、と胸を張るセカイさんが、とっても可愛いですね。
特に、そのちっぱい胸が最高。
思わずもみもみしたくなりますけど、理性で必死に堪える。
「あ、そうだ。夜食作ってあげよっか?」
非常に危険な申し出が飛び出してきた。
「焼きおにぎりとかどう?サンドイッチとか。作ってあげよっか?」
「作ってくれたら嬉しいですけど、セカイお姉ちゃんが台所に立つと悲劇が訪れそうなんで、遠慮しておきます」
「そりゃないよぅ、ルーチェスくん〜っ」
だって、これまで何度も経験してますからね。
セカイさんはとっても「料理上手」な人なので。
下手にキッチンを任せると、それは大変なことになるんですよ。
いやはや。そんなところもお茶目で好きですけどね。
「じゃ、コンビニで夜食買ってくるよ!それなら良いでしょ?」
え、コンビニで?
「良いですけど…。外、寒いですよ?」
「大丈夫!もこもこコート着ていくから」
「それに、こんな夜中じゃうっかりスケベな暴漢に襲われるかもしれませんよ?」
「大丈夫!そんな悪い男の子は、股間蹴っ飛ばしてあげるから」
成程。一周回ってご褒美ですね。
「分かりました。じゃあ防寒対策と暴漢対策をしっかりして出掛けてくださいね」
「任せて!そんじゃ行ってくるね〜」
もこもこコートに身を包んだセカイお姉ちゃんは、笑顔で手を振って出掛けていった。
…およそ30分後。
遅い時間まで、手元の名簿ファイルと、パソコン画面のデータベースを睨みつけていたせいか。
段々と目が疲れてきて、さすがにそろそろ休憩しようかなぁと思っていた頃。
「たっだいまー!」
「あ、お帰りなさい…」
コンビニに買い出しに行っていたセカイお姉ちゃんが、白いビニール袋を手に帰宅。
丁度休憩しようと思っていたところです。
「ふー、寒かった〜!でも、ちゃんと買い物出来たよ!」
「そうですか。…痴漢に襲われたりしませんでした?」
「うん、平気!」
「そうですか…。それは良かった」
もし、セカイさんがよその男に痴漢されていたら。
負けてられないので、僕も思いっきりお触りするところでした。
「夜食、色々買ってきたよ!」
「何を買ってきたんですか?」
「えぇっと、サケおにぎりでしょ?昆布おにぎりでしょ?それからカップ焼きそばと、スタミナ弁当ってやつと…」
夜食とは思えないほどのボリュームですね。
随分ガッツリですよ。
「それと、中華まん。肉まんとあんまんとピザまん買ってきちゃった」
王道ですね。
「はい、ルーチェス君。どれ食べる?」
「そうですね…」
セカイさんは、白いビニール袋ごと僕に差し出した。
ビニール袋の中には、セカイさんが買ったきてくれた夜食がぎっしり。
「お姉ちゃんはどれ食べたいです?」
「え、私?私はいいんだよ。こんな夜中にご飯食べちゃったら、太っちゃうもん」
それは聞き捨てなりませんね。
「そんなこと言って、僕だけに食べさせて肥えさせようという腹ですか?」
「ルーチェス君は痩せっぽちなんだから、もりもり食べて太ましく育てばいーの」
「そんな切ないこと言わず…。僕は、食べ過ぎてむちむちのセカイお姉ちゃんのお腹を、ここぞとばかりにぷにぷにするのが生き甲斐なんですから。是非とも一緒に食べてください」
「もー!そんなこと言って、おだてたって駄目なんだからね!」
ちっ…。駄目ですか。
…ん?
その時僕は、ビニール袋の中にとあるものが入ってるのを見つけた。
「…セカイお姉ちゃん」
「なーに?」
「これは何ですか?」
「…!ぎくっ…」
セカイさんの顔色が、さっと青くなった。
見つけちゃいましたよ。僕。
ビニール袋の底に、パックに入った2個入りのショートケーキが入っているのを。
俗に言う、コンビニスイーツって奴ですね。
あれ美味しいですよね。何なら、王宮で食べてたパティシエのお菓子より美味しい説まである。
「し、しまった。それだけは別の袋に入れてもらうつもりだったのに…!忘れてた…!」
…ほほう。失言してしまいましたね。
「さてはセカイお姉ちゃん…。このハイカロリーなショートケーキを、こっそり夜食に食べるつもりだったのでは?」
「ぎくーっ!」
…やはりな。
そんなことだろうと思いました。
目が泳いでますよ。スイスイと。
夜食なんて食べないと言いながら、自分はちゃっかりショートケーキを買ってきてるんですから。
しかも、2個入り。
分かりますよ。深夜に食べるケーキって、禁断の味がして美味しいですもんね。
病みつきになりますよ。
「セカイさん…。素直になりましょう。ショートケーキ…食べたかったんですよね?」
「ぎくぎくっ…!そ、そんなことないよ。それは別に…その…私が食べるつもりだったんじゃなくて…」
…ほう?
素直じゃないとは、可愛いですね。
からかい甲斐があるというものですよ。
「そうですか。僕の為に買ってきてくれたんですか?」
「そ…そうだよ。そうそう。それはルーチェス君の為にとおもっ、」
「じゃあ僕が食べますね。…2個共」
「ひうっ…!」
…効いてる効いてる。効果抜群ですよ。
「ケーキ、ありがとうございます。いやぁ生クリームたっぷりで、いちごも乗ってて美味しそうですねー」
「ふ、ふぇぇ…」
僕はわざと、セカイさんの前でわざとらしくケーキを取り出し。
パックを外して、付属のフォークを手に取った。
「しかも、二つも!なんて贅沢なんでしょう。ほら見てください。ふわっふわのスポンジケーキの間に、いちごがたっぷりと…」
「ふにゃぁぁ…」
「きっと最高に美味しいに違いないですよ。でも、セカイさんは食べないんですよね。だって夜食なんか食べたら太っちゃいますもんね」
「ふ、ふぇぇぇ…」
「じゃあ、セカイお姉ちゃんの分も僕が美味しくいただくとしましょうか。一緒に食べられないなんて残念、」
「る…ルーチェス君の意地悪〜っ!!」
ペシペシペシ、とセカイさんに背中を叩かれた。
ふふふ。
好きな子には悪戯したくなる年頃なんですよ。
「…一緒に食べます?」
「食べるよーっ!1個ちょうだい!」
半泣きで陥落するセカイお姉ちゃん。
いやぁ、最高に可愛いですね。
勿論、素直なセカイさんには、ショートケーキをあげますよ。
「何なら2つ食べても良いですよ。僕は別のもの食べるので」
「やだよ。2つも食べたら本当に太っちゃうもん。ルーチェス君と1個ずつにする」
「そうですか」
僕は、セカイさんが太っちゃっても大好きですけどね。
でも、1個分けてくれると言うなら、素直に好意に甘えておくとしましょう。
夜中のケーキ。禁断の味ですが。
二人で食べれば、罪悪感も薄れるというものでしょう。
「折角ですから、紅茶でも淹れてきますね」
「やったー。ルーチェス君大好き!」
ありがとうございます。僕も大好きですよ。