迂闊に触っちゃいけない、と言った理由が分かったでしょう?
万が一、間違った操作をしてしまったら。
その時点で、このジュエリーボックスを開けることは二度と出来ない。
何千もの操作を必要とし、しかも一度として操作を間違えられない。
気が遠くなりそうだ。
「で、でも…所詮、木の箱だろ?燃やすなり、無理矢理工具を突っ込んで開けるなり…」
ルルシーったら。過激ですね。
しかし、このからくり箱を作った職人も、そのくらいのことは想定している。
「駄目なんですよ、ルルシー。このからくり箱、特別な加工をした材木を使ってるそうで」
「…どうなってるんだ?」
「火をつけても燃えないし、外部からの衝撃にも非常に強く、工具を刺そうとしても通らないそうです」
凄いですよね。大昔に、そんな技術があったとは。
現在、このジュエリーボックスと同じものを開発することは出来ないそうですよ。
「そ、そんな…。でも、無理矢理…そうだ、それこそルレイアの鎌で一刀両断すれば良いんじゃないか?」
ルルシーったら、ますます過激。
意外と大胆なことを思いつきますね。むっつりスケベですか?
確かに、俺の鎌に切れないものはありません。
しかし、忘れているようですね、ルルシー。
「破壊しちゃ駄目なんですよ、ルルシー。中身の『ローズ・ブルーダイヤ』ごとぶった斬るつもりですか?」
「あっ…」
これが、このジュエリーボックスを開けられない理由の一つでもある。
いくら大昔の技術の粋を集めて作ったからくり箱と言えど、所詮は木の箱。
現代の技術力を持ってすれば、開けられないということはないだろう。
それこそ爆破するなり、特殊な電動カッターで開けるなり、俺の鎌で切り裂くなり。
開けようと思えば、強引な方法を使えば開けられる。
しかしその場合、箱の中にあるダイヤを無傷で取り出せるかどうか、保証することは出来ない。
強引な方法であればあるほど、中にあるダイヤを傷つけてしまう危険性が増す。
繊細な『ローズ・ブルーダイヤ』に、少しでも傷をつけてしまうようなことがあれば、それだけでダイヤの価値は激減する。
ダイヤを傷つけることを恐れる故に、強引な方法でジュエリーボックスを開けられない。
正しい手順でからくり箱を操作して開けること。
これが一番確実で、ダイヤを傷つけずにダイヤを取り出す、唯一の手段なのである。
そしてその手順を知るのは、カミーリア家の直系の一族のみ。
難攻不落、って感じですね。
「成程…。それで、中身を確認出来ないのか…」
「残念ながら、そうなります」
「折角カミーリア家から盗んできても、開けられないんじゃ意味ないだろうに…」
全くですよ。
盗み出した奴は、どうするつもりだったんでしょうね。
「だから、この箱を開けてくれっていう意味で、俺のもとに依頼してきたんだよ」
と、ジュリスさん。
あぁ、成程。
裏社会に顔が広いジュリスさんなら、秘密裏にこのジュエリーボックスを開けられる鍵開け職人を知ってるんじゃないか、って?
実に浅はかと言うか…行き当たりばったりな犯行ですね。
「ウチは武器屋であって、鍵屋じゃない。そう言って突き返してやりたかったんだが…」
「突き返さなかったんですね、ジュリスさん。どうしてですか?」
「…」
ジュリスさんは、じっと俺の顔を見つめた。
…お?
「…良いか、ここから先はウチの…『オプスキュリテ』の信用に関わる話だ。くれぐれも慎重に対応してくれ」
ほう。そう来ますか。
「良いですよ。勿論…俺達とあなた方の仲じゃないですか」
そこまで信頼して打ち明けてくれるなら、こちらも誠意ってものをお見せしますよ。
俺は死神であっても、鬼じゃありませんからね。
「じゃあ、信用して話すぞ…。…この『ローズ・ブルーダイヤ』を持ってきたのは、『青薔薇連合会』の構成員だ」
「えっ…!」
ルルシー、またしてもびっくり。
…ふーん。そう来ましたか。
まぁ、ジュリスさんが、わざわざこんなところに俺を呼び出した時点で。
とんでもない地雷が埋まってるんだろうってことは分かってましたよ。
しかしまた、蓋を開けてみるとなかなか強烈ですね。
「そんな、馬鹿な…!そのダイヤを盗み出したのは…ウチの…『青薔薇連合会』の人間だって言うのか…!?」
「あぁ、そうだ」
「…!」
ルルシーが今、何を考えてるのか分かりますよ。
何処の馬鹿だ、そいつは、って思ってるんでしょう?
俺も同じこと考えてるから大丈夫ですよ。
「誰なんだ?その馬鹿。何処の馬鹿がそんなことをした?ウチの構成員なんだろう?名前は…」
「ちょっと落ち着いてくれよ。気持ちは分かるが」
「うっ…。す、済まん…」
食い気味に尋ねるルルシーを、ジュリスさんが溜め息混じりに制止した。
そうそう、落ち着きましょうよルルシー。
そんな馬鹿なことをした愚か者は、見つけ次第、俺が死神の鎌の錆にしてやりますから。
「残念ながら、名前までは聞いてない。聞いても教えるつもりはなかっただろうからな」
「そ…そうか…」
残念ですね。
名前を出せばバレる、と分かっていたんでしょう。さすがに。
「だが、全く素性を明かさないんじゃ、こっちも信用出来ないからな。しつこく尋ねたら吐いたよ。…自分は『青薔薇連合会』の人間だって」
「…」
「だが、同じ『青薔薇連合会』でも、あんたらとは派閥が違う。確か、旧『青薔薇連合会』派の…」
「『ブルーローズ・ユニオン』ですか?」
「それだ」
「…」
俺とルルシーは、無言で顔を見合わせた。
成程、そういうことですか。
『青薔薇連合会』は『青薔薇連合会』でも、俺達が所属するヴァルレンシー派の『青薔薇連合会』ではなく。
サナリ派の系統を継ぐ、セルテリシア率いる『ブルーローズ・ユニオン』の構成員。
同じ組織と言えど、俺やルルシーにとっては、敵対する組織のメンバーという訳だ。
…やれやれ。とんでもないことをやってくれたものですね。
『ブルーローズ・ユニオン』の構成員となると、俺達も迂闊に手を出せない。
ましてや、先日のアシュトーリアさん暗殺未遂事件の一件で、あいつらとは微妙な距離感を保っている。
迂闊に『ブルーローズ・ユニオン』のメンバーに手出しすれば、両組織の間にくすぶっている火種に、火をつけることになりかねない。
「『ブルーローズ・ユニオン』の構成員を名乗る連中が、このジュエリーボックスを『オプスキュリテ』に持ってきたんだ。この箱を開けてくれ、そして闇に売りさばいてくれってな」
「…で、ジュリスさんはその返事を保留にした、と?」
「はいそうですか、と引き受ける訳には行かないからな。良いか、俺はあんたらを敵に回したくないんだよ」
ジュリスさんは、いつになく真剣な表情で言った。
「依頼人は『ブルーローズ・ユニオン』のメンバーだ。だかま、俺達『オプスキュリテ』は、あんたらが所属してるアシュトーリア派の『青薔薇連合会』を贔屓にしてる立場だからな」
「だから、密告して信用を損なうリスクを犯してでも、俺達に告げ口することを選んだんですか」
「…仕方ないだろ。信用を失うのは怖いが、それ以上に、あんたらと敵対して組織ごと潰される方が恐ろしい」
それはそれは。
…賢明な判断ですよ、ジュリスさん。
派閥の違う『ブルーローズ・ユニオン』と言えど、『青薔薇連合会』傘下の構成員が、カミーリア家の家宝に手を出した。
こんな重要な情報を知っていながら、俺達に黙っているようなことがあったら。
…その時は、今後の『オプスキュリテ』との付き合いは、考え直させてもらわなきゃいけないところでした。
ジュリスさんとしても、苦渋の決断だったに違いない。
依頼人の守秘義務は必ず守る。それは、『オプスキュリテ』という組織の信用に関わる問題だから。
しかしジュリスさんは、敢えてその守秘義務を放棄し。
こうして、依頼人の情報を俺達に密告している。
『オプスキュリテ』の信用を損なってでも、これ以上火種が大きくなる前に事態を沈静化して欲しいと、俺達に頼む為に。
…それだけ、この『ローズ・ブルーダイヤ』というブツはヤバいのだ。
「俺達の手には負えない。これ以上、このダイヤの問題に関わるつもりはない」
ジュリスさんは、きっぱりとそう言った。
自分達は、ここで手を引く。
あとは、『青薔薇連合会』の方で何とかしてくれ。
これを盗み出したのは、『青薔薇連合会』の人間なのだから。…ってことですね?
やれやれ。あなたはクレバーな判断をしますよ。
ジュリスさんがそこまで俺達を信用してくれているなら…応えない訳にはいきませんね。
「…分かりました。後のことは、俺達で引き受けます」
「ルレイア…!…良いのか?」
良いも悪いも、こうするしかありませんよ。ルルシー。
本当に『ブルーローズ・ユニオン』のメンバーがカミーリア家に強盗に入ったのなら。
遅かれ早かれ、俺達にも火の粉が降り掛かってくるはずだ。
だったら、大きな家事になる前に、せめてボヤのうちに火を消す。
それが一番賢明な判断だろう。
それに俺だって、貴重な死神の鎌を仕入れてくれる『オプスキュリテ』との関係を悪くしたくありませんしね。
「俺が責任を持ちますよ。この『ローズ・ブルーダイヤ』は、俺が預かります」
「…お前一人には背負わせないぞ。お前が責任を背負うなら、俺も同じものを背負う」
…全く、ルルシーったら。
それだけは譲らないとばかりに、きっぱりと。
相変わらずですね、ルルシー。あなたという人は…。
「そういう訳ですから、後のことはお任せください」
俺は、テーブルの上のジュエリーボックスを手に取った。
いやはや。小さな箱なのに、何だか核爆弾のスイッチでも手にしたような気分ですね。
「…ここで手を引く俺が、余計な口出しをするべきじゃないだろうが」
と、ジュリスさんが俺を見つめながら言った。
「はい。何ですか?」
「気をつけろよ。…宝石には魔物が宿ると言われてる。そのダイヤは…別格だ」
「…えぇ、分かってますよ」
このちっぽけなダイヤが、これから俺達の身に波乱を巻き起こすんでしょうね。
周囲を巻き込んで、大きく広がっていくことになる。
「ご忠告、感謝しますよ」
年上からの有り難いご忠告、肝に銘じますよ。
…ジュリスさんと別れ、俺とルルシーは『青薔薇連合会』本部に帰った。
そして真っ先に、アシュトーリアさん含め、幹部仲間に事の次第を説明した。
勿論、『ローズ・ブルーダイヤ』の入ったジュエリーボックスも手元にある。
俺とルルシーの説明を聞いた、幹部組の反応はと言うと…。
「…面倒なことをしてくれたものだね」
「全くだわね」
アイズは溜め息混じりにそう言い、アシュトーリアさんも同意した。
「…そ、そうなのね…」
『ローズ・ブルーダイヤ』が何なのか知らなかったらしいシュノさんは、これがどれほど厄介なことが、いまいち理解していないようだが。
しかし、アイズもアシュトーリアさんも浮かない表情をしているのを見て、事の重大さを察しているらしい。
「…?…?ろーず、ぶるー、ダイヤ?美味いの?それ」
説明を受けてもなお、状況の理解が追いつかないらしいアリューシャ。
アリューシャは後で、アイズに紙芝居を作ってもらって説明してもらってください。
「ふむ…。世界に一つしかないダイヤか…。是非見てみたいものだな。ルーチェス後輩は、そのダイヤを見たことがあるのか?」
「ありませんね。話に聞いたことはありますし、写真で見たことならありますけど、さすがに実物は…」
ルリシヤとルーチェスが言った。
ふむ。ベルガモット王家の王子様であったルーチェスでさえ、『ローズ・ブルーダイヤ』の実物を見たことはない、と。
それもそうだろう。
カミーリア家は家宝の『ローズ・ブルーダイヤ』を、宝物庫に入れて厳重に、後生大事に守ってきた。
相手がベルガモット王族だろうと何だろうと、意地でも余所者には渡さないという強い意志を感じる。
「これ…本当に、中にダイヤが入ってるの…?」
恐る恐るといった表情で尋ねるシュノさん。
「…そうだと言われてますね。一応は」
誰も中身を見ていないから、確認のしようがありませんけど。
「『ブルーローズ・ユニオン』のメンバーが、これを盗み出して…?」
「えぇ」
「…それって、大変なことなの?」
…ふむ。ダイヤの価値が分からない故に、いまいち危機感が伝わってないようですね。
すると、アイズもそのことを察したらしく。
「あまりに価値が高過ぎて、現金に換算するのも難しいけど…敢えて言い換えるなら、現金にするとおよそ3000億に匹敵すると言われてるよ」
「さっ…さんぜんおくっ…!?」
これには、シュノさんもアリューシャも、目を丸くした。
まぁ、そのくらいはするでしょうね。
だいぶ安く見積もって、の話だけど。
「す、すげぇ…!3000億って…何千億だ…!?」
「…3000億に決まってるだろ。何言ってるんだ馬鹿アリューシャ」
まぁまぁ、ルルシー。
それに、言いたいことは分かりますよ。
金額があまりに大き過ぎて、イメージするのも難しいですよね。
でも、今目の前に、盗んできた3000億という現金がある。
そう思ったら、今がいかに危機的状況かというのが予想しやすいものと思う。
「そ、そんな金額の宝石を…!よくも、盗み出せたわね…」
「そうだな…。カミーリア家とて、強盗の対策くらいはしているはずだが…」
「仮に盗み出せたとしても、このからくり宝石箱を開けることは出来ないと高を括っているんでしょう」
シュノさん、ルリシヤ、ルーチェスの順で言った。
でしょうね。
宝物庫に忍び込むことが出来ても、この難攻不落の宝石箱を開けない限りは、ダイヤを取り出すことは出来ない。
その油断が、宝物庫の警備を疎かにしてしまったのだろう。
実際、こうしてジュエリーボックスを盗み出すことは出来ても。
箱を開けて、中身を取り出すことは出来てない訳ですから。
「『ブルーローズ・ユニオン』は、どうしてこんなものを盗み出したりしたの…?」
と、シュノさんは当然の疑問を口にした。
「こんなものを盗んだら、大変なことになるって分かってるはずでしょ…?」
…さぁ。分かっていたのかいないのか。
「カミーリア家に凄い宝石がある」くらいの認識で、軽い気持ちで強盗に入った恐れもある。
始末に負えない連中ですよ。本当に。
「『オプスキュリテ』に売り捌くことを依頼しているんだから、恐らくは金目的でしょう」
多額の上納金を用意して、セルテリシアに恩を売りたかったのか。
あるいは、他に欲しいものでもあったのか…。
いずれにしても、既に『オプスキュリテ』の手からは離れているので、全ては無駄です。
残念でしたね。
「この際、盗みの目的は何でも構わないわ。問題は、今ここに、この宝石があるということ」
と、アシュトーリアさん。
「な、な、何が問題なんだ?『部下が勝手に盗んできちゃいましたテヘペロ』って返せば良いんじゃね?」
いつになく険しい顔のアシュトーリアさんにビビりながら、アリューシャがそう言った。
…それで済んだら話は早かったんですけどねぇ。
「…アリューシャ。例えば、今日のおやつにアリューシャの為にチョコケーキを用意したとしよう」
アリューシャでも分かるように、いつもの例え話を持ち出すアイズ。
「え、マジ?やったー!」
例えば、の話ですけどね。
「凄く美味しいケーキだよ。世界に一つしかないって言われてる特別なチョコケーキなんだ」
「うぉぉぉ!すげぇ!食いてぇぇ!」
そんな凄いチョコケーキだったら、俺も食べてみたいですね。
何度も言うように、例え話なんですけど。
「それなのに、冷蔵庫に入れておやつの時間まで保管してる間に、『ブルーローズ・ユニオン』の構成員が、こっそり冷蔵庫を開けてアリューシャのケーキを持ってっちゃったんだ」
「ぬぉっ!?誰だそのくせ者は!アリューシャがぶち抜いてやる!」
「でもその人、ケーキボックスの開け方が分からなかったらしくて、返しに来て、『部下が勝手に盗んできちゃいましたテヘペロ』って言ったとしたら…」
「許す訳ねーだろ!詫びろ!土下座して謝れ!アリューシャが蜂の巣にしてやらぁ!」
「…つまり、そういうことだよ」
今回も、実に分かりやすい例え話をありがとうございました。
世の中、謝って許されることと許されないことってものがありますからね。
ごめんねテヘペロ、じゃ許されないんですよ。今回は。
と言うか、今回も、って感じですけど。
「アリューシャのケーキをネコババしやがって!ぜってー許さねぇ!」
例え話なのに、プリプリ怒っているアリューシャである。
「それと同じなんだよ、カミーリア家も。勝手に持ち出した時点で、謝っても許されないの」
「でもよ、でもよ!それアリューシャ達がやったことじゃないじゃん!『ブルーローズ・ユニオン』って連中の仕業なんだろ!?」
「じゃあ、アリューシャのケーキを持っていった泥棒さんが、同じことを言ったらどう思う?『違うんですよ、自分達がやったことじゃなくて』なんて言ったら…」
「んなの知ったことか!ケーキパクったことに変わりはないだろ!」
「カミーリア家の連中も、今のアリューシャと同じことを言うだろうね」
…でしょうねぇ。
『青薔薇連合会』の派閥の違いなんて、カミーリア家にとっては知ったことじゃないですよ。
キッチンの床にゴキブリが出てきて、「僕はチャバネゴキブリじゃないですよ!クロゴキブリです。一緒にしないでください!」って主張したとしても。
うるせぇゴキブリはゴキブリだ、って容赦なくGジェット吹かすでしょう?
そういうことです。
既にカミーリア家の宝物庫から盗み出されている時点で、返す返さないは問題じゃない。
こちらが下手に出て、謝りながら返したとしても許しはしないだろう。
大体、お貴族様相手に頭を下げるなんて、マフィアのプライドが許しませんよ。
全くとんでもないことをしてくれたものですよ。『ブルーローズ・ユニオン』の連中は。
「あるいは、これが目的だったのかと思えてくるな。『青薔薇連合会』に責任をなすりつけて、アシュトーリアさんのの評判を下げようと…」
と、ルルシー。
無きにしもあらず、といった感じですが。
「そこまでしますかね。そんなことしたら、アシュトーリアさんだけじゃなく、『ブルーローズ・ユニオン』の評判まで一緒に下がるじゃないですか」
ルーチェスが、ルルシーの意見に反対した。
うーん。まぁ、そうですね。
捨て身にも程があるでしょう。
『ブルーローズ・ユニオン』も『青薔薇連合会』も、世間的には同じマフィアの組織として、一括りに数えられている以上。
アシュトーリアさんの評判に傷がついたら、同じくセルテリシアの名前にも傷がついてしまう。
「あ、そうか…。じゃあ、そいつらは何でこんなことを…」
…さぁ。さっきアシュトーリアさんの言った通り、金目的での犯行だと考えるのが一番妥当ですけど…。
直接犯人に犯行動機を聞いた訳じゃありませんし、何とも言えませんね。
「…何はともあれ、訴えるところに訴えるしかありませんね」
「…訴えるところ?」
「決まってるじゃないですか。…部下の躾もろくに出来ない馬鹿な小娘に、責任取ってもらいに行くんですよ」
この後俺達がどう動くのか、あるいは動かないのかを決めるのは。
あの女に会って、責任を追求してからですね。
…そんな訳なので。
「こんにちはー。ルレイアがちょっと通りますよー」
死神の鎌片手に、『ブルーローズ・ユニオン』本部にお邪魔。
玄関回るの面倒だったんで、壁破壊して入っちゃいました。テヘペロ。
「あのな、ルレイア…。お前、仮にも同じ『青薔薇連合会』の本部に…」
一緒についてきたルルシーが、複雑な顔でそう言っていたが。
「良いじゃないですか、派手な登場で。こんな登場の仕方、ルレイア師匠にしか出来ませんからね。誰が来たのかすぐに分かりますよ」
「何より分かりやすい挨拶だな」
更に、そのルルシーの後ろから、ルーチェスとルリシヤもやって来た。
いつメンで、『ブルーローズ・ユニオン』本部に潜入。
いつもなら、シュノさんやアリューシャが後方支援に回ってくれる役割ですが…。
今回はただ、セルテリシアと「お話」をしに来ただけで、別に『ブルーローズ・ユニオン』本部に殴り込みに来た訳じゃないので。
今日は平和的に行きましょう。
「さーて。セルテリシアさんは何処ですかねー」
「…既に阿鼻叫喚の様相を呈してるけどな…」
え、ルルシー何か言いました?
…すると。
「お前達…!一体何をしに来た?」
おっ。
セルテリシアの腰巾着その1、エペルとかいう『ブルーローズ・ユニオン』の幹部がお出迎え。
どうも、久し振りですね。
「あ、こんにちは。元気でした?いやぁ今日は良いお天気ですねー。髪切りました?」
「…鎌振りながら言うことじゃねぇだろ、それ…」
え?ルルシー何か言いました?
俺はただ、久し振りに会った知人に、気軽に挨拶しただけなのに。
エペルは、まるで不法侵入者でも見るかのような眼差しで、俺達を睨んできた。
「一体どういうつもりだ?我々と袂を分かち、セルテリシア様のお命を狙って…!」
え、何言ってるのこの人。
被害妄想激し過ぎません?きっと疲れてるんですよ。
「小娘の命なんて要りませんよ。俺はただ、ちょっとした…そうですね、世間話をしに来ただけで…」
「そうそう。僕達、同じ『青薔薇連合会』の仲間じゃないですか。友好的にお話しましょうよ」
「その通りだ。ついこの間まで俺達も『ブルーローズ・ユニオン』の幹部だったからな。謂わば元同僚だ。旧交を温めようじゃないか」
「…セルテリシアを陥れた三人衆が、何を揃って白々しいこと言ってんだ?」
もー、ルルシーったら。
それは言わないお約束でしょ。
俺達が訪ねてきた時、セルテリシアは丁度、地方にある『ブルーローズ・ユニオン』の支部を視察に行っていたらしいのだが。
本部に俺達が「仲良く」訪ねてきたことを知り。
『ブルーローズ・ユニオン』代表、セルテリシア・リバニーその人が、すぐさま本部に戻ってきた。
「お、お待たせしましたっ…。ルレイアさん、それに…幹部の皆さんも…」
何故か焦ったような表情のセルテリシア。
「いやいや、良いんですよ。ちょっとお喋りしに来ただけなんで。気になさらず」
「…帰ってきたら本部の壁を破壊されてんだから、嫌でも気になるだろ」
ちょっとルルシー。横で何呟いてるんですか。
まるで俺が悪いみたいに言わないでください。
「あっ、そうだ手土産も持ってきたんですよ。良かったらどうぞ」
ルーチェスが、持参した手土産の紙袋をセルテリシアに差し出した。
「あ…え、えぇと、あ、ありがとうございます…?」
何で疑問形なんですか?素直に喜んでくださいよ。
「美味しいですよ、それ。ルレイア師匠の経営する『ブラック・カフェ』の今月の新商品、ブラックロールケーキです」
勿論、生地もクリームも中に入ってるフルーツも、全て真っ黒なスペシャルロールケーキである。
「ぶ、ブラック…?」
「はい。こちらはシェルドニアコウモリの脳みそをすり潰して、生地とクリームにたっぷりと…」
「こっ、コウモリの…脳みそ…!?」
セルテリシアさんの顔色が、サッと変わった。
「…俺、そんなに驚くようなこと言いました?」
「い、い、いや…その…」
「…コウモリの脳みそ食べさせられそうになったら、誰でもそうなるだろ」
ルルシー、今何か言いました?
ちょっとよく聞こえませんでしたね。
きっと、「何それ、美味しそう!」って言ってくれたんでしょうね。そうに違いない。
セルテリシアの横に立ってる側近のエペルとミミニアも、物凄い行相してるし。
「是非、皆さんで一緒に食べてくださいね」
「ひ、ひぇっ…」
俺がこんなにも、にこやかに微笑んでいるというのに。
何でそんな怯えた表情なんですかね。
きっと気の所為ですね。うん、そうに違いない。
「そ、それよりも…」
それよりもって何ですか?
「その…今日は一体、どういった用件で…」
「あぁそうだ。忘れるところでした。全くしらばっくれてんじゃないですよ。誤魔化そうとしてもそうは行きませんからね」
「別にしらばっくれてはないだろ」
ちょっとルルシー。マジレスやめてください。
「これは真面目な話なんですよ?」
「どの口で言ってんだ。まず、お前が真面目になれ」
失礼な。俺はいつだって真面目一筋に生きてますよ。ねぇ?
ルティス帝国広しと言えども、俺ほど真面目な人間はいませんよ。
礼儀正しいですしね。いつでも。