「皆さ、妃花がお姫様役をするの、反対じゃないんだよ」


その言葉に私は目を開ける。

萌は、私と目を合わせて優しく微笑んだ。


「そんなわけ…」「あるんだよ」


私の卑屈な台詞を言わせないよう被せられた声に、黙って萌を見つめる。

萌は、困ったように笑いながらぽつぽつと話始めた。


「妃花がそこまで言うのは、キャスト決めの日があったからでしょ?

私もちゃんと覚えてる。
あれは、私のわがままが起こしたことだから。」


言っている意味が分からなくて、口を動かそうとすると、萌は、メイクをしていた手を止め「動かないで」とそれを止める。


「私、お姫様がやりたかったの。
だから、皇輝が妃花を指名したのが悔しくて。思わず、言っちゃったんだよね。

妃花は違うよって。」


手際よくメイクは進めながら萌は話していた。

顔を動かすことが出来なくて、私は黙ってその話を聞く。


「…ずっと後悔してた。
自分がやりたいって素直に言えばいいだけだったのに。妃花を落とすような真似して。

あぁ、だから怪我しちゃったのかもね。」


自虐的に笑った萌は、もう一度目を合わせて呟く。


「本当にごめんなさい」


下げられた頭に、私は慌てて首を振った。


「そんなの、だって似合わないのは事実だし、萌ちゃんは悪くないよ…。皆だって言ってたし」


あまりにも大きく首を振ったからか、前髪を止めていたクリップが落ちてきた。

それを、優しく止め直しながら、萌は続ける。


「皆はね…、妃花のこと気にしてたんだよ。
ほら、私、気強いからさ。私が姫やりたいって言ってたのみんな知ってたし。

だから、妃花指名されたとき、教室は空気の悪さにザワついてた。それだけだよ。」

「そう…なの…?」


結果、お姫様をやることになってしまった私を煽てているだけかもしれない。

だけどやっぱり素直に受け止めてしまって、少しだけ楽になっていく心に、私は戸惑っていた。


「似合わないなんて、誰も思ってない。いちばん思ってるのは、妃花自身なんじゃない?」

「そんなこと…」


未だにぶつぶつと呟く私をお構いなしに、楽しそうに笑った萌は、手際よくメイクを進めていく。


確かにいつも綺麗な顔で、コスメに詳しくて、

そんなイメージの彼女に私はされるがままに、

ほぼ初めてのフルメイクをしてもらった。