「妃花」


突然名前を呼ばれた私は、その落ち着いた声とは対照的に、嫌な音を立てる心臓を抑えながら視線を向けた。

その先には真っ直ぐに私を見つめる皇輝がいた。


あぁ、苦手だ。

周りのことなんて見えてない、そう感じるほどのこの真っ直ぐな目は、どうしたって私の感情を揺さぶる。


「妃花なら、この話覚えてるだろ?」


まさかの台詞に、クラス中の視線が集まるのを感じ、私は視線を泳がせる。


な、なんでそんなこと。

この小説が好きだなんて、皇輝に話したことないはずなのに…。


相変わらず読めない皇輝の心に、私はとにかく首を横に振った。


「小説は昔から好きだし何度も読んでる…

けど、セリフなんて覚えてないし、何より私には姫なんて…」


「妃花ならできるよ。」


断ると決めた私を、真っ直ぐと見つめる皇輝。


…だから、そんな目で見ないでよ…。


その真っ直ぐな瞳に、心は揺れてしまいそうになるけど、私はぐっと唇を噛み締めた。


もう間違えない、私は、私らしく。平凡にいるの。


首を横に振り、うつ向く私。

皆も、皇輝の発言に対して、困惑した様子でひそひそと話し始めた。


以前傷んだ心が再び抉られるような気分になり、私は思わず目を閉じる。