今からでも遅くない、向こうの入り口に回ろう!

そう思ってそろりと動き出すと同時に、ずっと無言だった男子生徒が低い声を零しながら振り返った。

ぱちっと目が合い、その姿を見てハッと息を呑む。


「な、あなた昨日の……!」


ハイライトの無い真っ黒な瞳、艶やかな黒髪から覗く赤いピアス。

人間離れした端正な容姿の彼は、間違いなく昨日、ソファで眠る私の隣に潜り込んだ例の部屋の主だった。

まずい、と身体を震わせながら後退った瞬間、彼の口角がほんの僅かにつり上がったのが確かに見えた。



「──……見つけた」



まるで鬼に見つかった瞬間のような、本能的な恐怖と危機感が身を震わせる。


「ひっ、あ、えっと」


何か話さないと。そう思うけれど、震える声が小刻みに零れるだけで何も言えない。

それどころか、男子生徒がゆっくりとこちらに手を伸ばしてくるのを見て、抑え込んでいた恐怖がぶわっと胸の内から溢れてしまった。


「あっ、ご、ごめんなさいっ……ごめんなさい!」

「は、おい、待っ──」


近付いてくる手をぺしっと払い、身体を震わせたまま踵を返す。

ぞわっと鳥肌の立った腕を布越しに擦りながら、その場を離れるため衝動的に駆け出した。