名前も知らないまま恋に落ちたり、相手の年も知らないまま一緒に暮らしたり…
私たちはどうかしている。
「柳のこと全然知らない…」
「知りたくなったら聞けばいい。俺もそうする」
「じゃ、じゃあ聞いていい?…どうして阿久津沢に通ってるの?」
由井くんも然りだが、彼らは19になる歳だ。
19歳というと、一般的に言えばもうすでに高校を卒業している年になる。
「……親への当てつけ?かな」
柳はサラリと前髪をかきあげた。
「うちは代々阿久津沢の特進の出なんだけど、反抗期だった俺は渋々定時に入れられた」
柳の話し方は穏やかで、自分のことを話しているようには聞こえない。
「留年するのが1番の反発になると思って」
そして自嘲気味に笑って「反抗期の延長線上だな」と言った。
その勇気が私にあれば、もしかすると
そこまで考えてから、私は思考をやめた。
もしかする未来なんてなかった。
私にはそんな勇気すらない。
父親へ反発することも、何かを途中で投げ出すことも。
「ニャア」とかぼすが小さな声で鳴いた。
「アンタとこうしていると、落ち着く」
柳の視線はかぼすに向いたまま。
「私も」と言うと、撫でていない方の手に彼の手が重なった。
そのまま指先を絡め取られ、指同士が互いになるように握られる。
彼の手は大きくて、骨ばっていて、男の人の手をしていた。