「なんだそれは?」


私たちの背後から、担任の声がする。

おまけにじっとりとした視線も。



振り向くと、汚いものでも見た様な顰めた顔をした担任がすぐ後ろに立っていた。



「お絵描き大会なら家でしろ」



私の自画像に向かってピシャリと言葉を放った。


その後も嫌味ったらしく小言を言っているのが聞こえてくる。



私の中であの男が描いてくれたこの自画像が、大切な思い出になっていたからか、その言葉にものすごく腹が立った。


他人だったら、絶対言い返してるのに…

授業や成績のことがあるから謝ることしかできない自分にもムカつく。



指先にギュッと力が入る。
私は自分が腹が立っているのを悟られない様に、静かに自画像を鞄にしまい直す。



「いつも優秀だからと言って、ふざけていいわけじゃあないんだよ?」



薄ら笑みを浮かべた担任が、馬鹿にしたような口調で言う。


その言葉にカッと頭に血が上るのがわかった。



「別にふざけたわけじゃ…ーーー!」



言い返す途中で私は口を閉じた。

口をへの字に曲げた担任が煽る様な目でこちらを見てくる。



「いえ…、すみませんでした」



私の謝罪を聞いた担任はふん、と鼻を鳴らし
教卓に移動して授業を始める準備をし始めた。


野田が申し訳なさそうにこちらを見てくる。


いいの、と微笑み返したあと、授業に向き直る。


ふざけてなんかないのに。


あの時私の心を少し軽くしてくれた


『このほうが、ずっとアンタに似てる』


やわらかく目を細めて言った彼の言葉が、頭の中で映像と共に聞こえてきて、私はどうしようもない気持ちに駆られる。


ただ、楽しく絵を描きたいだけなのに
どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう…。



悔しい気持ちのまま、他の生徒の自画像の合評をぼうっと眺める。


みんなよく描けている。


私なんて、自分の顔がよくわからなくて
目すら描くことができなかったのに。


キャンバスに描かれた生徒たちの顔が、どんどん教卓のまわりに並べられていく。


そのたくさんの顔がじっとこちらを見ているような気がして、なんだか怖い。

何も描けなかった私のことを見ているみたいだ。




野田の番になって、彼の自画像もまた教卓の前に並べられる。


圧倒的にうまい。


わかっていたけど、本当にすごい。



こんなに絵が上手いのに、私の自画像をみて嘘のない褒め言葉をかけてくる。


そんな野田が羨ましい。


私なんて、私より下手な人を見ると安心するし、野田みたいに上手い人を見るとありえないくらいその才に嫉妬してしまうと言うのに。


叶わない。


胸がチクチクする。



その後の授業は、ちっとも私の頭には入って来なかった。