「…その、すごい濡れてるし…」
蘭子さんに言えば、きっとタオルくらい貸してくれるだろう。
「いや、いい。ありがとう」
抑揚のない声で断られる。
そして彼はさらにスッと、目を弓なりに細めた。
「…あぁ。君が柳の…」
雨の音のせいでよく聞こえない。
上手く聞き取れなかった私は、「え?」と聞き返す。
けれど、彼は
「何でもないよ」
と言って微笑んだ。
「いらなかったら捨ててください…。では…!」
このまま放っておけないので、私は持っていた折りたたみ傘を彼に押し付けてその場を後にした。
濡れた服をハンカチで拭いながら、階段を4階まだ駆け上がる。
靴はすっかりぐしゃぐしゃになってしまっていた。
扉を開けると、カウンターに座っていた由井くんが「やっほー」と手を挙げる。
柳が奥にあるいつもの席にいるのが見えた。
あさひくんと2人で話しているところに、混ざり席に座る。
「びしょ濡れだな」と、柳が言う。
「うん、雨全然止む気配なくて…。それよりごめんね、遅れて」
「別に、大した予定でもない。ただここで集まっただけだ」
「はいお水ー」と、由井くんがコップに入った水を運んできてくれた。
ごくごくと、それを一気に飲み干す。