家の前の道に差し掛かった時だった。


いつも利用しているゴミ置き場の前で、見覚えのある人影が見えた。



あれって…



この前の美しい男を、殴っていた方だ。


しかも複数人いる。


この前さながら見るからに悪そうな見た目だが、学生だろうか?

服装は、着崩した制服にも見える。



誰かを探しているようだった。



うちの1人がタバコを吸っているのか、小さな赤い火から煙が上に向かって伸びているのが、遠くからでもうっすらとわかる。


どうしよう、あの道通りたいけど…
家、すぐそこなのに。



しかもなんだか私のいる方向に来そうな動きをしているような…



そして私の予感通りに、たむろしていた人たちは、こちらに向かってきた。


まずい。

人気のない道で、あんなのに絡まれるのだけは避けたい。




その時、その場で悩んで立ち尽くしたままの私を、いきなり何かが道脇に引っ張った。




ぐらりとと体が傾き、建物の隙間の暗闇に引き摺り込まれる。



「う、わっーー」



私の小さな叫び声を遮るように、大きな手が口を塞ぐ。



「静かに」



あっという間の出来事に驚いて、体が石になったかのように動かない。


硬直したまま見上げると、あの時見かけた血だらけだった美しい男だった。


道側から見えないように、私の体は彼の影に隠される。


怖さと不安が途端に私の体を駆け巡った。


抵抗しようと身を捩っても、肩をがっちり掴まれていて動けない。



「悪い、少し我慢して」



何もしないから、と小声で言うと
肩を掴んでいた手の力が優しくなるのを感じた。


建物の隙間から、さっきの悪そうな学生たちの声がだんだんと近づいてくるのが聞こえてくる。



「たく、ヤナギの野郎。最近妙に遊んでくれると思ったら今度はかくれんぼかよ」



あの騒ぎにいたニヤついた面々を思い出す。


どうやら、この美しい男はあの道の先にいる変なのから身を隠しているだけらしい。



彼の意識は、道の先にいる奴らに向けられている。


私に危害を加える気配は毛頭なさそう。

安心して肩の力を抜く。


それが伝わったのか、彼は私の口から手をそっと離した。


建物の隙間の陰になっている私たちに気が付かず、悪そうな人達が通り過ぎていくのを、じっと待つ。


人が1人通れるだけの建物の隙間ににふたり。


鼻先が彼の首筋につきそうなほどの距離だった。


かすかな香水の匂いと、錆びた鉄の匂い。


これは多分、血だ。