「ほんとは無理だと思ってた、それは叶わないって。でも、眠りにつく最後に俺は、好きですの言葉をもらった。条件は、達成した」
窓を開ける。雨風が容赦なく入ってきて、俺の頬を濡らした。雨水かと思って目の下を拭うけど、それは涙だった。
「約束、破らせてもらう」
だから、だから……
俺は、彼女に近付く。
「翠…」
続けて、喉に詰まったものを破壊した。
「起きよ…?」
彼女の頭に触れる。くしゃっと撫でてみる。変わらない、猫みたいにふわふわした髪。
何ヵ月ぶりに、彼女の髪に触れた。それからぽんぽん、と軽く叩いてみる。彼女の瞼は、ぴくりともしない。
わかってた。だから、自分の手は震える。
「ほら、起きよう…?」
人が大嫌いで人のために何かを成し遂げる人のことが理解できなかった。そんな俺は今、人が大好きで、人のために動こうとしてる。
「ギネス記録上乗せしすぎだから…」
肩を精一杯に揺らしてみる。
「朝どころか1年に経っても眠ってるし、こんなんになって死にそうになって…」
雨の音がする。彼女は、傘に舞い落ちる雨を、あんなにも綺麗な顔で聞いてた。
「もう皆、諦めてる…皆に見届られて死ぬとかそんなの…笑わせんな…嫌だからバカ…」
音が、確実に弱まっていた。
「会いたいのに…会いたい……」
目の前にいるのに、会えない。
会いたい、に理由なんてない。
ただ、会いたいから、起きてほしいから。
笑って彼女の瞳を、思い出したいから。
気持ち良さそうに、まるで朝陽を浴びながら眠ってるみたいに、彼女は、目を瞑ってる。