―ピ、ピ、ピ、ピッ…
規則的に廊下に鳴り響く音。その音は小さいはずなのに、まるで鐘みたいに、大きく胸に響いた。まるでそれは、迫りくる爆弾の音。不安と嫌な予感を、走らせていく音だった。
「なんなの、この音…?」
キョロキョロ辺りを見渡す柚を前に、ただ、1人、はっと息を飲む。
―たったひとつの部屋の病室だけ。
看護婦さんやら医者がわちゃわちゃと密集し、焦ったように人が病室と廊下を行き来しているのが見える部屋があった。
行き来する人の表情は、誰しもが、彼女が大嫌いな偽善者のような、心配の表情が浮かんでた。俺には、少なくともそう見えた。
「柚」
俺は、初めて柚に笑いかける。
「帰っといて」
「…えっ」
―その時、急なことだった。
雨の音がした。
雨が降り出した。
強い、強い、強い、酷い雨だった。
窓を見ると、咲き誇った桜の木に容赦なく突き落ちていく雨があった。その雨は、どこかスローモーションになる。
「俺の言うこと聞いて」
「っそんなイケメンボイスで言われても…、やだよ…帰るとか…」
「また今度、絶対、会わせてあげるから、大丈夫だから」
最後の大丈夫は、完全的に、自分に言い聞かせるために言ったものだった。
「…やだ。ここまで来たんだから。あたしは、翠に会いたい。だから帰らない。絶対、帰らない」
赤かった頬の色が目に移ったように、柚は涙目になる。これ以上言っても無駄になる。急いでもいたし、俺は「わかった」とだけ言って、全身全霊で病室に駆け込んだ。
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