「夜野くん、?ねぇ、どーしたの?」
気付けば、足を止めていた。
足、そして手すら震える。いつもと違う、病院の空気、悪い予感…、未来も見えないくせに予感なんか起こっても仕方ないのに…
震える手を隠しながら、何も知らずに心配してくれる柚に「ごめん」とだけ声をかけた。
―大丈夫、大丈夫。
自分は何を恐れているのかもわかんないくせに怖がったりして、ほんと、バカみたい。いつもみたいに会いに行くだけでしょ?
俺は、今日も彼女に会いに行く。彼女は、目の前にいるのに会えない病気だった。
それでもいい。
彼女が望んでなくても行くから。
もし、何10年と、終わりが見えないくらいに、彼女が長く眠っても。もし、俺がこの病気で体や精神がはち切れて崩壊しても。
彼女がまた、俺だけを忘れてしまっても。
俺が、彼女の秘めている瞳の色を忘れても。
―俺は、彼女のことが好きだから。
ちゃんと一緒に生きて笑って、最期に彼女と一緒に死ぬのが夢。何も変わらない、好き勝手な夢。でも、その夢を諦めない。
―窓からはピンク色の桜が見えた。もうすぐ、あの蒸し暑くて、うざったるい夏が来るらしい。どこか他人事になってしまった。
彼女が眠って、もうすぐ1年になる。同じ体制で同じ表情で、まるで浅いまどろみのように。彼女はベッドを拠点に眠っている。
秘めた瞼を開いたとき、彼女は、どんな目をするんだろう。俺は全く想像できずにいる。