奪うようにクラウに深く口付けをされ、ミアは頭の芯がクラクラとした。甘く激しく、でも愛おし気に求めてくるクラウに抵抗などできるはずがない。
一度、唇を離したクラウがミアの瞳を見つめてきた。欲が浮かんだ熱いまなざし。見つめ合って時間を置くことで、クラウはあえてミアが逃げられる隙を与えた。ミアにもそれは感じられた。

だが、ミアはそれをしなかった。自分からその胸に顔を寄せたのだ。全てから解き放されてもう何にも縛られないでいるミアに、クラウの甘い享受を受けないという思いはなかった。
顔は真っ赤だ。恥ずかしくてたまらない。でも、クラウから離れたくなかった。

ミアの甘い香りと体に、クラウの中で必死に保っていた理性が切れた気がした。

「結婚式の前に手は出すなといわれているが……、そんなの無理に決まっている」

そう呟きながらミアを抱えると、隣の寝室へと向かいベッドにそっと降ろす。見上げるミアの上からそっと覆いかぶさってきた。
ミアは心臓が激しくなって、それだけで苦しい。でも、それ以上にたまらなく嬉しいと思ってしまう自分のはしたなさに赤面した。

「クラウ様……」
「もう味見だけでは足りないようだ。食べていい?」

フッと笑うクラウ様から色気が溢れていて、男の顔のクラウ様にときめきが止まらない。でも、何度も言われていた言葉がよぎる。少しばかり残った理性がそれを口にする。

「でも、結婚式前はダメって……」
「そう言われただけで、正式な決まりなどない。そもそも愛する人が側にいるのに、何もするななんて無理な話だろ?」

愛する人という甘美な響きにミアはぞくぞくとする。自分の上から見下ろすクラウは男らしい色香で誘ってくる。抗えるはずなどなかった。ミア自身、もっとクラウに触れたくて触れられたくて体の奥から熱くなってきている。

そっと目を閉じて大人しく受け入れるミアに、クラウはゆっくりと唇を寄せて触れていく。
心臓の音が聞こえてしまうくらいに胸がうるさい。顔も真っ赤で体も熱い。クラウに見つめられるだけで、体から火を噴きそうだった。
でも、今までに感じたことがないほどの満たされる気持ちになっている。

「んっ……、クラウ様……」

素肌に触れられるだけで自然と甘い声がでる。唇、瞼、頬、首に鎖骨……。ゆっくりと降りてくるキスに、体中が反応して背中がのけぞってしまう。小さく嬌声を上げると、クラウは満足そうに口角を上げるのが目の端にかすかに見えた。
溶けてしまいそうとはこういうことか。
体の力が抜け、クラウに好きにされたいと願ってしまう。

ふと目を開けた時には服を脱がされていた。
同時に、着ていた服を脱いだクラウ様の体は筋肉質で引き締まっていた。その均等の取れた肉体に、思わず見惚れてしまう。
ところどころ傷があるのは剣による切り傷だろう。しっかりと鍛えられた肉体は逞しい。

「何を見ている?」

ミアの視線をわかっていて、からかうような甘い声が降ってくる。つい、割れた腹のひとつひとつに触れると、クラウはたまらなそうに熱い息を吐いた。自分と全く違う体にミアはお腹の奥がゾクッとする。

「煽るの上手いな」
「あ、煽ってなんか……」

自分の行動にクラウが欲情しているのだと感じると、ミアは恥ずかしくて顔をそむける。そのあらわになった白い首筋にクラウが口付けを落とした。

「愛している、ミア」
「私もクラウ様を愛しています」

素肌でピッタリと抱き合うと一つにどろどろと溶け合いそうだ。吸い付くような肌をクラウは隅々まで堪能する。ミアは生まれて初めて、快感の波に翻弄された。
声すら我慢させてくれないクラウに、気が付けば全て晒している。一つになった瞬間、心の奥底から満たされる感覚を味わった。それはクラウも同様だった。愛する人と結ばれるということが、こんなにも心地よいものだとミアは初めて知ったのだ。


――――


結婚式当日。
どどうの準備が終わり、ついにミアとクラウは結婚式を迎えることができた。今日は国をあげてお祭り騒ぎだ。
朝から祝砲が鳴り、街中は活気に満ちている。城の中も皆、浮足立っていた。

ミアは王妃を助けた一件以降、周りの目が変わり、またカラスタンドの血を引いていると公にされたことで反対派は目に見えて減っていっていた。警備体制もしっかりしたものへと変わったことで危惧することがなくなったのだ。
それはミアを王子妃として自覚を促し、心身ともに成長させていった。

支度室で白いウェディングドレスに身を包んだミアは緊張していた。後ろの数メートルにも及ぶ裾の長いウェディングドレスはもちろん特注品で、見事な刺繍と宝石が散りばめられている。身動きすると光に輝いてより一層美しかった。

「大変お美しいです。ミア様」

後ろに控えていたハザンが微笑む。それにミアは頬を染めてお礼を言った。

「ハザンさんこそ。今日は凄くカッコいい。女性でそういう格好が似合うなんて素敵だわ」
「ありがとうございます」

ハザンは王族警備隊の式典制服を着ていた。かしこまったビシッとしたグレーの制服はハザンによく似合っており、男装の麗人のようなその麗しい姿に、支度を手伝ってくれた侍女たちがため息交じりに見惚れていた。

「ミア様。お腹、苦しくないですか?」
「大丈夫です」

ミアはそっとお腹に手を当てた。そこはほんの少しふっくらとしている。実は、あれから式までに逢瀬を重ねた二人に子供ができていた。

国王と王妃に報告をしたクラウが浴びた第一声は……。

「式に影響があると困るから、結婚式まで我慢しなさいと言っていたのに!」
「そこ!?」

クラウは王と王妃に遠慮なく叱られた。ミアも軽く叱られたが、どちらかと言うと喜ばれる方が大きかった。
王も王妃もミアをとても気に入っており、断然甘いのだ。式の日は体調を見て、ひと月前倒しになった。つわりもおさまり、お腹もさほど目立たないこのタイミングでやろうという話になったのだ。ドレスはお腹を締め付けない、胸のアンダーに切り替えしがあるフワッとした豪勢なドレスだ。

結婚式は王宮の隣にある王立教会で挙げた。
式の後に王宮のテラスから外に出た時は、集まった国民から大きな歓声が上がった。赤い髪の美しい王子妃殿下を一目見ようと国中から人が集まっていたのだ。その大勢の人を見て、自分は国民を守る立場ということを身にしみて感じ、身が引き締まる思いだった。

ミアの生い立ちには国民も同情して、さらに親近感を寄せていた。
カラスタンドの血を引く異国の赤髪の美女。母を亡くし公爵家の父に引き取られるも、不遇な扱いを受ける。そんな頃に学校で知り合い、愛を育ててそこから救い出したクラウ王子。

引き寄せあったのは運命だなどと噂も流れていた。
さらに、ミアの方に親族がだれ一人招待されていないことがさらに噂に真実味を加えていた。

「本当に誰も呼ばなくて良かったのか?」

式の後のパーティーの時、クラウに改めて聞かれたがミアは大きく頷いた。
実は、事前に母国のレスカルト家から手紙が届いていた。内容は結婚の祝福と、結婚式には是非とも招待してほしいという内容だった。
魂胆は見え見えだ。ミアを通してカラスタンドの王家とつながりを持とうとしている。自分たちはカラスタンド王子妃の身内なのだとアピールして自慢したいのだろう。

(でも、私には家族なんていなかった。そう突き放したのは、レスカルト公爵家のあなたたちじゃないの……)

非情だと思われてもいい。それほど、ミアはこのカラスタンド王国の国民として生きていく覚悟があるのだ。

「私にはクラウ様を始め、カラスタンド王家、国民以外、家族などおりません」

そう言って返事すら書かなかった。クラウもミアの意思を尊重してくれた。

その後、噂で聞いた話だが……。
実はクラウは結婚式の時、招待したミアの祖国王にその話をしていた。祖国王はレスカルト公爵家の振る舞いに激怒したのだ。

「なんですと⁉ そんなことが……!? 公爵家として人としてなんてことをっ!」

祖国王はレスカルト家の行いを恥とし、領地をはく奪、郊外の辺境地へと追いやったらしい。
サラサと結婚したカズバンも、サラサの日ごろの傍若無人な振る舞いが噂となり王家からつまはじきにされているとか……。集まりや公式の場にも呼ばれず、とても肩身の狭い思いをしているらしい。サラサも王族や国民から冷たい目で見られ、ほとんど家から出なくなっているそうだ。

以降、二度とレスカルト家がミアに連絡をよこすようなことはなくなった。

そして一年後。

「まぁ、なんて美しいお顔の王子でしょう」

ハザンはミアの腕に抱かれて眠る赤子を見て頬を緩ませる。ミアとクラウの間には、赤茶色の綺麗な髪の王子が誕生した。整った顔立ちはクラウにどこか似ている。王子は穏やかで賢く頭の回転が速い、知性溢れる人物へと育っていった。

さらに、その二年後にはミアによく似た美しい姫が誕生した。艶やかな黒髪はその白い肌を引き立てている。くりくりとした大きな瞳はミアにそっくりだった。姫は活発で、でも心優しく思いやりにあふれていた。広い視野を持ち、後継者である兄をよく助けていた。仲の良い美しい兄妹は国中から評判となったのだ。

数年後、クラウは勇退した父王の後を継いでカラスタンド国王となる。王妃はもちろん、赤い髪をした美しい美姫であった。



END