その日、ミアは部屋の前にある庭の花壇前で座り込んでいた。

(どこにいても居心地悪いわ……)

自然とため息が漏れる。

気分転換に庭に出て花を見ているだけなのに背中に視線を感じていた。
衛兵の姿は間近にないものの、ミアの姿は逃げられないように、常に監視されていたのだ。数人の衛兵の視線がミアに集まり、気まずいことこの上ない。

(クラウ様はああいっていたけど、もう二日たったわ。でもなにも進展がなさそうだし……。逃げるつもりもないのに、こんなに四六時中見られているのも……)

再びハァとため息をつくと、何か近づいてくる足音が聞こえた。顔を上げるとそこにはいつかのように、衛兵に囲まれたカルノが微笑みながら立っていたのだ。

「カルノ様……」
「ミア様、ごきげんよう。もっと気落ちしているかと思ったけれど顔色がよろしいですね」
「何しに来たんですか?」

嫌味に対して堅い声で聞くと、カルノはフフっと不敵に笑った。

「クラウ様のこと、まだ諦めていないの?」
「……」
「クラウ様って本当素敵だものね。見目麗しく、剣術も学力も全てにおいて完璧。国民からの信も厚いし、みなさんクラウ様が国王になることを楽しみにされているわ」

「だからね」とカルノは顔をよせて距離を縮めてきた。ニヤニヤと笑みを浮かべている。

「クラウ様には他国の女よりもこの国の女と結婚し、正当な血統を残す必要があるの」
「正当な血統……」

その言葉にハッとする。
確かにカルノの言う通り、クラウがミアと結婚したら正当なこの国の血を引く子供が産まれなくなる。

その事実にミアは表情が硬くなる。カルノはそれに満足そうに微笑んだ。

「ふふ。でね、昨日その話をクラウ様に言いに行ったのよ」
「え? 部屋に行ったんですか?」
「そうよ。正式な血統な話をしにね。そしたら……ふふふ」

カルノは頬を赤らめた。そして勝ち誇った顔をする。

「私を受け入れてくれたわ」
「え……、受け入れた……とは?」

含むいい方に表情が固まる。カルノのニュアンスが伝わらないほど、ミアは無知ではない。
まさかと顔色を変えると、カルノは艶っぽい顔で大きく頷いた。

「そう。昨日は一晩、クラウ様の部屋で過ごしたの。これがどういう意味か分かるわよね?」
「え……」

ミアは言葉を失った。目の前が真っ暗になり、声が出ない。カルノはその様子に満足したかのように微笑むと、踵を返して帰って行った。残されたミアは呆然とたたずむしかできない。

「一晩……」

いくら初心なミアでもこれが意味することくらい分かっていた。

「嘘でしょう……。クラウ様が……、そんなことするわけない……」

一度だけ熱く触れ合った唇をそっと触る。あれと同じようなことを、いえ、もっと凄いことをカルノとしたというのか。
ミアに向けたのと同じように、熱い欲を含んだ瞳で見つめ、思いをぶつける様な口付けをかわし、愛おしそうにあの大きな手で体に触れたのだろうか。
考えそうになったが、思考がそれを拒否した。

(どうして……。私を好きだと……、結婚したいとプロポーズしてくれたのに……。あぁ、でも……)

そこであることに気が付く。この国は王妃以外にも側室を持つことは違法ではない。そう歴史で習ったばかりだ。特に王室なら後継者を多く残さなければならない。そう考えると、クラウがミア以外に側室を持ち子孫を残すことはあり得ることだ。

ミアは目の前が真っ暗になった。
カルノは婚約者ではないが元婚約者。本妻になれないのなら側室になろうとしているのだろうか? それとも先に子を作ってしまい、ミアを追い出そうとしているのだろうか……。
考えれば考えるほど、苦しくてうまく呼吸ができなかった。

(クラウ様には私以外の女性に触れてほしくない……。でも、それを私が言う権利があるの? それにカルノ様はジルズ大臣の娘であるが元婚約者。昔から親しい間柄だった。実は、以前からそういった関係性だったのでは……?)

思考が深く沈んでいく。いや、まさかそんなことあるはずがないとミアは首を振ってみせた。
クラウに限って、そんな風に女遊びをするとは思えなかった。

(だとしたら本気で……? 本気で一晩を共にしたのだろうか?)

ミアはいつの間にか涙が溢れていた。顔を覆うがとめどなくあふれてくる。
その様子に衛兵も気が付いたのだろう。こちらを伺う気配を感じる。顔を見られないように俯いて、涙を隠したまま部屋の中へ戻って行った。