ミアが脱出方法を考えている間、ジルズは国王陛下に事の顛末を説明に行っていた。

「陛下……、私が付いておりながら申し訳ありませんでした。ミア様はハザンと共に賓客に振舞ったお菓子に毒を盛ったようです。きっと、クラウ様がおられないこの間に反対派を消し去ろうとしたに違いありません」
「うーん……。しかし、反対派ばかりが集まっていたわけではないだろう? 偶然、食中毒を起こしただけではないのか?」

国王陛下は腕を組みながら困った顔をする。しかしジルズは続けた。

「騙されてはいけません。うちのシェフもついていたんですよ。食材も確かなものをそろえました。食中毒はありえません。それなのにこんなことになるなんて……。意図的としか考えられません。やはり国外の女は信用ならないのです!」
「だが、ミアはクラウの婚約者の身。自分からなにか問題を起こすようなことをするだろうか?」
「クラウ様は騙されているのではないですか?」

そう言うと、国王は片眉を上げた。

「どういうことだ?」
「他国への留学という羽を伸ばした状態で、正確な判断ができたのでしょうか? いくら身元を調査したと言っても、ミア様の内に秘めた本性はわかっておられないのでは? ミア様は大変お美しいお方。その外見に騙されて内面をよく見ていなかったのでは…。なにより! 国王陛下も心の奥底では、本当はこの国の女性を王子妃に迎えたかったのではありませんか?」

畳みかける様なジルズの言葉に国王は言葉をなくす。

「陛下! ミア様は結婚反対派を始末しようとハザンと共謀したのです! 自分が他国の女だから、結婚への障害は少しでも減らしたかった。現にミア様は何も反論は致しておりません」
「反論はしていないだと……?」

国王は目を丸くする。ジルズは見えないように、小さく口角を上げた。本当は反論の余地を与えていなかっただけだ。

けれど、それをいいことに国王にもミアにもそれぞれに言葉を曲げて伝えている。もう一押しだと思った。

「クラウ様は騙されております。陛下はクラウ様を……、次期国王陛下となられるお方の目を覚ます義務がおありです!」

ジルズは強くそう言うと、こっそりとほくそ笑んだ。

――――

フェルズがその一報を聞いたのは、クラウと郊外視察から帰る当日だった。王宮内にいる部下が馬を走らせ知らせてくれたのだ。

「クラウ様! 大変なことが起きています!」

帰り支度をしているクラウに耳打ちすると、クラウはサッと表情を変えた。

「ミアが地下牢へ? どういうことだ!」
「ジルズ大臣が仕組んだことでしょう。国王もミア様を疑い、カルノ様を再び婚約者にしようとしているようです。ミア様に処刑はされないと思いますが、国外追放は免れないでしょう……」
「なんだと⁉ ジルズ……」

クラウはこぶしを握り締めた。やられたと唇を噛む。何かしらあるかと思い、ミアの身の安全を確保していたが意外な形で事が進められた。

「フェルズ、俺と一緒に来い。ここは第一近衛団長に任せる」
「承知いたしました」

クラウの殺気と怒りに満ちた表情に、フェルズは顔を引きつらせる。長年側で使えていたが、ここまで怒りをあらわにするクラウは初めて見たのだ。

近くにいた兵士たちも、ただ事ではないクラウの様子に息をのんだ。
クラウはフェルズと共に一足先に王宮へ馬を走らせた。

――――

ミアはハザンとすでに丸一日、牢屋の中で過ごしていた。粗末な食事が運ばれてくるだけで、ジルズも顔を出さない。外の様子が分からなかった。

「やはりミア様、今回のことは私が全てやったということにいたしましょう。そうすればミア様は助かります」
「それだけは絶対ダメ。やってもいない罪を認めるなんてしてはいけません」
「しかし、ここから出る手立てがありません。クラウ様だっていつ戻られるか……」
「あの、ハザンさん……」

ミアは少し迷いつつ、ハザンにずっと考えていたことを話した。

「単純すぎて成功しないかもしれないけれど……」
「……それは私も少し考えましたが、危険があります。それでもよろしいんですか?」
「ええ。もう、そうするしか方法は浮かばないですから」
「……わかりました。では、やってみましょう」

ハザンは覚悟を決めたように頷いた。
そして、ミアは大きく息を吸い込み大声を出した。

「いたたたたっ!!」
「ミア様! 大丈夫ですか?」

ミアとハザンの大声が地下牢へ響く。ミアの苦しそうな声に、ハザンの慌てた声。門番である衛兵が様子を見に来るのは時間の問題だった。
駆け付けた衛兵は床に蹲り、苦しむミアの様子に眉を顰める。

「どうした」
「ミア様の様子がおかしいんです! もしかしたら先日のお菓子の影響かも……!」
「痛い、苦しい……!」

青い顔でお腹を抱えてうずくまるミアに、ハザンが背中をさする。汗を流して苦しそうな様子に、ただ事ではないと衛兵は慌てた。

毒を仕込んだとされる犯罪者であっても、ミアはクラウの婚約者である。処分が下されるまでは、何かあっては困るのだ。

慌てた衛兵は牢屋の門を開け、様子を見ようと中に入ってきた。

「どこだ? どこが苦しい……」

それは一瞬だった。
衛兵が身をかがめた瞬間、ハザンが素早く動いて衛兵を気絶させる。一瞬過ぎて何が起きたのかと思うくらいだった。
あっけなく倒せて、思わずミアとハザンは笑みを浮かべる。

「ハザンさん……、凄いわ……」
「ありがとうございます」

さすが王族警備に任命されるだけある。無駄のない動きだった。

「こんなにあっさり行くなら、もっと早く行動に移せばよかったわ」
「正直、私はずっとこの方法を思っていました。ただ、脱出した時のミア様にリスクが大きいので……」
「わかっています。でも、クラウ様か国王陛下に会って潔白を証明しないと……!」
「私が必ずお守りいたします。私の背から決して離れないでください」

ミアはハザンを促し、牢屋から出た。丸腰だったハザンの手には、倒れた衛兵の腰に下げられていた剣が握られている。

途中で衛兵と遭遇するが、ハザンの剣さばきは見事だった。ハザンは女性だがそのしなやかな身のこなしで、あっという間に相手を倒す。
切るのではなく当て身で眠らせるのだから尚のこと凄かった。 

ハザンの能力を間近で初めて見たが、さすが王宮警備隊に任命されるだけのことはある。そこらの衛兵とは身のこなしも早さも剣の腕も段違いだ。

(凄い! 私を庇いながらだから動きにくいはずなのに……! 相手に動く隙を与えない!)

目を丸くして感心していると、ミアの様子に気が付いたハザンは少し照れたように笑う。

「相手の人数が少ないので何とかなっているだけです」

しかし、地下牢から出て地上へ出ると騒ぎを聞きつけた衛兵が大勢集まってきていた。
いくらハザンでも、一人で大人数は大変だろう。

「ミア様、こちらへ」

二人は近くの部屋に隠れ、衛兵が通り過ぎるのを待つ。王宮内は広く、衛兵の数も一気に増える。

騒ぎを聞きつければもっと増えるだろう。国王陛下のもとへはなかなか近づけないでいた。
ハザンは少し思案した後振り返った。

「ミア様、ここの塔を出て左へ行くと右手に階段がある細い通路があります。その階段の五段目に王族だけが知る隠し通路があるはずです」
「隠し通路?」

目を丸くする。王族しか知らないということは誰にも知られてはいけない内容なはずだ。

(そんなものがあるなんて……。でも、どうしてハザンさんがそのことを?)

ミアの疑問が顔に出ていたのだろう。ハザンが苦笑した。

「この職に就いたころ、幼いクラウ様の護衛についたことがあります。その時、こっそり教えてられたんです。何を感じたのか、クラウ様が、ハザンには教えといた方がいいと思ってと仰って」
「クラウ様が? そうでしたか」

その幼いクラウは何を感じたのだろう。なぜハザンにだけは教えた方がいいと感じたのか……。その真相はわからないが、それが今に通じている。

「私が皆を引き付けている間に行ってください」
「ハザンさん……」
「大丈夫。私こう見えてとても強いんです」

そう言って笑ったハザンは部屋を飛び出していった。

囮になってくれるのだろう。遠くで「いたぞ!」「あっちだ!」と声が上がる。
当たりが静かになってからミアはそっと部屋から出て行った。教えられた通路まで全力で走る。

(こんなに必死になって走ったのは初めて……。息が切れるわ。でも、急がなきゃ)

自分がもたもたしていると、せっかくハザンが作ってくれたチャンスを逃がしてしまう。焦りが生まれる。

通路が見えてきた。あと少しだ。人一人がやっと通れるような細い通路に飛び込んだ瞬間。

「おい、お前そこで何している?」

通路の奥から鋭く呼び止められ、階段を上がろうとした足が止まった。

(しまった! 見つかってしまった!?)

ビクッと肩を震わせた瞬間、横からミアの腕を強く引っ張る人物がいた。

「きゃっ……!!」

そのままグイっと階段の奥に押し込められ、衛兵から見えないように大きな背中に隠される。
その背中に見覚えがあった。声を出しそうになったが口を押えて堪える。

「どうした?」

その人物は近寄ってきた衛兵に声をかけた。背中の向こうから、衛兵が慌てた声が聞こえる。

「も、申し訳ありません。人違いでした」
「そうか。それなら行け」
「ハッ」

衛兵は小走りでその場を立ち去って行った。
他にも廊下を通る衛兵がいたが、目の前の人物が指示を出しみんなが別の場所へと駆けていく。

その頼もしい背中に、安堵のため息が漏れた。

(あぁ……、来てくれた)

ミアは震える手で、目の前の人物の背中にそっと触れる。ゆっくりと振り返ったその人は、ミアの手をその温かな大きな手で包み込んでくれた。

それだけで、一気に体の震えが収まっていく。

「遅くなって済まない。怪我はないか?」

振り向いたクラウは、涙を浮かべるミアに心配そうに眉を寄せる。ミアはクラウの姿を見て心からホッとして涙が溢れた。