ミアは少ない自分の荷物を持って、促されるままクラウの馬車に乗った。クラウが突然現れたことで気が付かなかったが、クラウの周りは護衛に囲まれていた。
実は物々しい状態だったことに後で気が付いたのだ。

「お前をカラスタンドへ連れていく。いいか?」
「はい。私はこの国にもう思い残すものはありません」

心は決めた。
自分から手を伸ばすのは怖かったが、クラウも手を伸ばしてくれた。全ての不安はぬぐい切れていないけど、今はその手を取りたい。
クラウは力強く微笑むとミアの手を握った。 

そして、少ない荷物を持って、促されるまま馬車に乗り込む。

(もうこの国に思い残すことなど何もないわ。クラウ様と一緒に居られるのならばどこへでも……)

そっと握り返したその手は大きくて温かくてホッとする。本当は夢なのではないかと思うほどだった。

(クラウ様が私を迎えに来るなんて……。ずっと探していてくれただなんて嬉しくて言葉に出来ないわ。しかも隣国の第一王子。そんな凄い方だったなんて思いもしなかった)

ミアはまだ少し混乱していた。まさかあのクラウが王子だったなんて一ミリも考えなかったのだ。

「護衛もつけずに生垣を超えていらっしゃったのですね」

いつも湖畔に来ていたクラウは一人だった。本来なら常に誰か護衛が付いているはずだろう。
するとクラウは少し気まずそうな顔をした。

「あの学校は安全だったから護衛は外に残していたんだ。一生徒として学びたかったし。まぁ、こっそり見張られてはいたみたいだけど」

苦笑するその顔は悪戯をする子供のようだ。それに釣られるようにミアも笑みをこぼす。

「ミアが付いてきてくれて良かった。ありがとう」
「私こそ、探してくれてありがとうございます」

クラウ様の甘い笑みに頬が自然と赤く染まる。
湖畔で会っていた時よりも、クラウは明確にその想いを瞳に態度に現した。もちろんミアも。

「ミア……」

クラウ様がそっと体を寄せようとした時、コホンと小さな咳払いが聞こえた。
揺れる馬車の向かい側に座るフェルズがジトっと見つめてくる。

(そうだった! 思わず二人の世界になっていたけど、フェルズさんもいたんだった!)

真っ赤になって慌ててクラウから距離を取ると、クラウは可笑しそうにククッと喉を鳴らして笑った。

国境を越えて、半日馬車で移動するとカラスタンドの首都、アルゼンが見えてきた。
そこは大きく賑やかで活気がある。自分の国も王都は大きいと思っていたが、この国はその倍以上だ。

街中は人も多くて賑わっており、道も舗装されて整備されている。建物も大きく頑丈そうだ。露店や市場も並んでおり、街中が発展している。とても豊で、自国との差を見せつけられた気がした。
街中を見つめる目が自然とキラキラと輝く。

「凄い……! ここがカラスタンド王国……」
「ここから少し山の上に上がると、王宮が見えてくる。このアルゼンからも見えるぞ。ほら」

指をさされた方を見ると、街の奥の山の先に大きな白亜の城がそびえ立つのが見えた。

(大きいわ……! この距離であの大きさだから、近くで見るともっと凄いのでしょうね)

それは自国の城よりも明らかに大きく、見る者を圧倒させるその様は圧巻だ。立派な城は国の権力を示しているようである。

この大きな国と、数十年前まではよくも戦争をしていたものだなと驚きでしかない。今では勝ち目すらないだろう。

そんなことを思っていると、馬車はいくつもの城門を通り抜け、道を進んで城内へと入って行った。衛兵も多く、警備が手厚い。当然だがそう簡単には先へ行けないようになっている。侵入者に対しても警戒を怠らないのだろう。

「さぁ、着いたぞ」

馬車を降りて城の奥へと誘導される。明るく広い城内を奥へ奥へと進み、中庭を抜けて別館のような建物へと着いた。中に入り部屋へ案内される。促されて開けると光が良く入る部屋は、ベッドやテーブルなど必要な物が全て揃っていた。

「ここがミアの部屋だ。一晩ゆっくりと休むがいい。明日は国王に挨拶をしないといけないからな」
「わかりました。あの……、クラウ様はどちらに……?」

ミアが尋ねるとクラウはニッと口角を上げた。

「俺の部屋はまた別のところにある。俺も一緒の部屋がいいと言ったんだが、正式に結婚するまではだめだと言われてしまったから」
「あっ……」

ミアは顔が赤くなった。そんな変な意味で言ったつもりではなかった。照れているミアの様子にクラウは嬉しそうだ。

「ミア、可愛いな……」
「クラウ様ったら……」

甘い雰囲気が流れた瞬間。

「コホン!」

フェルズが再び軽い咳払いをした。
そうだった、フェルズがいたんだったと気が付いて慌ててクラウと距離をとる。
クラウはチラッとフェルズを見て少し不満そう。

「少しくらいいいだろう? フェルズは厳しいな」
「せっかく承認を得たばかりなんですよ。ちゃんとしてくださいね」
「承認?」

フェルズの言葉にミアは首をかしげた。承認とはどういうことだろう。

「ミア様は他国のお方ですから。しかも数十年前までは対戦国。その方を妃として迎え入れるために、クラウ様は国王陛下や大臣、神官、議員など関係各所を説得して結婚の承認を得たのです」

ミアは目を丸くした。クラウを見上げると苦笑している。

(そうか……。私はよその国の人間だもの。しかもそう遠い昔ではない時に戦争をしていた敵国の……。そんな人間が一国の王子に嫁ぐなんてそう簡単なことではないわ)

現実を思い知り、胸がチクンと痛む。
認めてもらうのも相当大変だったのではないか? そんな自分で本当に良いのだろうか……。

本当に認めてもらえているのだろうか?

するとクラウはソファーに座って思い出すように天を仰いだ。

「留学が終わってからすぐに説得して回って……、半年かかった。大変だったけど、でもこうしてミアを連れてこられてよかったと思っている」
「留学から帰ってきたクラウ様の第一声は、ミアのことを調べてくれ! 結婚の承認を得る! でしたからね」

フェルズは苦笑した。クラウはフェルズを軽く睨み、どこか恥ずかしそうだ。

「ミアの身辺は調べさせてもらったよ。そうしないと説得できなかったからね」

王子に嫁ごうとする人間を徹底的に調べるのは当然のことだ。
半年もかけて説得してくれたなんて……。
嬉しさと不安でミアは少し泣きそうになった。

「それは構いません。私にやましいことなど何一つありませんし……。でも本当に私でよろしいのでしょうか……? 私なんか、ただの庶民です。王族であるクラウ様のお妃になれるような身分でもありません。そう思って私は……」
「俺に会おうとしなかったんだろう? だろうと思った。だから俺から迎えに来たんだ。身分とかそういうのでなく、俺はミアだから結婚したいと思ったんだ。だからミアは何も気にしなくていい」

そうは言っても、それだけで済む話ではないだろう。
ミアは俯いた。

「でも……、私は元は敵国だった国の人間で……」
「君は苦労してきた。だからこそ、俺が君を幸せにしたいんだ。元は敵国でも、今は友好国となっている。何も問題ない」

クラウのストレートな言葉にミアは胸が苦しくなった。そこまで想っていてくれたなんて嬉しくてたまらない。

クラウが問題ないと言うなら信じてみようか……。
ミア自身、気持ちが通じ合ったあとで、今更クラウと離れることは難しい。

「君の卒業までに説得は間に合ったけど、今度はミアが行方知れず……。フェルズや他の従者達に探しに行ってもらっていたんだ」
「そうだったんですか。では、フェルズさんと初めて会った時も私を探していたのですね」
「はい、お名前と髪色、瞳の色を聞いていたのでまさかと思いましたが、お店の方が名前を呼んでいたのでわかりました」

フェルズは胸を撫でおろす仕草をする。そしてフェルズは何か思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「お茶をお出ししていませんでしたね。失礼いたしました。すぐにお持ちいたしますから、ゆっくりお話ししていてください」

ゆっくりを強調して、にこっと微笑むと部屋を出て行った。

(気を遣ってくれたのかしら……)

二人きりになると急に緊張してくる。そわそわしてしまい、クラウの顔がまともに見れなくなっていた。
そんなミアの様子に気が付いたクラウが顔を覗き込んだ。

「ミア? どうした?」
「いえ……」
「ミア? こっち向いて」

クラウはミアの頬に触れ、自分の方に向かせた。男らしい、ごつごつした大きな手から温かい体温が伝わってくる。優しい手つきに顔が赤くなると、そんなミアを見てニッコリと微笑んだ。

「ミア、可愛い」
「は、恥ずかしいです。クラウ様……」

クラウはミアを自分の胸にそっと引き寄せた。広い胸の頬を寄せる。ドキドキしすぎてどうにかなりそうだったが、クラウの腕の中は不思議と落ち着いた。

「ミア……、湖で初めて会った時、俺は一目で君を気に入った。話していると君の賢さや聡明さ、明るさ、笑顔……すべてに惹かれていった。初めてずっと一緒に居たいと思ったんだ」

優しい声で話すクラウに、ミアは胸が詰まる思いがした。
そんな風に言ってもらうことなんて、生まれて初めてだ。亡くなった母以外に愛情を示されたことがないミアは、クラウの想いにいつの間にか涙を浮かべて聞いていた。

(言葉にしてもしきれないくらいに嬉しい。こんな幸せなことがあるなんて……)

人から愛情を向けられるという事が、こんなにも胸を温かくさせるなんて知らなかった。

グズッと鼻をすすると、クラウは優しい瞳でミアを見つめた。

「ミア、愛している。俺と結婚してほしい」

真剣にプロポーズしてくるクラウは、表情は穏やかだけどどこか緊張している様子がある。
クラウでも緊張することがあるのかと変に感心してしまった。

今、真っすぐに思いを伝えられている。だからこそ、きちんと答えなければならない。

「はい……! 私も湖で会った時からクラウ様をお慕いしておりました。私で良ければ、よろしくお願いいたします」
「ミア……!」

クラウがきつくミアを抱きしめる。大きな身体はミアをスッポリと包みこんだ。
ミアもおずおずとその背に手を回した。すると、クラウの体がピクッと小さく反応し、ミアを見下ろしてくる。
その瞳が熱を帯びていることに気が付かないミアではない。

「ミア」

手が頬を包み、そっと顔が近づいてきた。心臓が壊れそうなほどドキドキと鳴っている。顔が真っ赤だと自覚しているが、愛しい人の思いに触れたミアもその思いに応じるべくゆっくりと目を閉じた。

その時。
コンコンと扉が叩かれて、フェルズが入ってきた。

「続きは結婚後でお願いします」
「フェルズ……!」

フェルズが困ったように入ってきて、ミアは慌ててクラウから離れる。クラウは悔しそうにうな垂れてフェルズを睨むがそのフェルズはどこ吹く風だ。

(あぁぁぁ、私、今なにを……!)

雰囲気に押されてキスしそうになっていた事実を認識すると、とてつもなく恥ずかしくて隠れてしまいたい気分だった。

「仕方ないな。お茶でもしよう」

ため息をつきながら、クラウは残念そうに微笑んだ。その手がミアの髪をクシャっと撫でる。
赤くなった顔が収まらない。ミアは外の庭を眺めるふりをして顔を隠した。