昨日の夜の霧雨は、

 俺の住む町も隙間なく埋め尽くしていた。

 道路もビルも、ブロック塀の溝も、しっとりと色を変えている。


 白い空に隠された、けれど晴れの日よりもはっきりと形の分かる太陽は、

 弱い光だけを街に降り注いでいる。


 時間をかけて染みこんだ雨は今日も、

 この曇り空の下では乾ききらないだろう。



 濃くなった灰色のアスファルトの上を、

 ジーンズのポケットに手を入れてうつむきながらアパートへ向かった。


 部屋に戻ると、疲れが一気に押し寄せてきた。

 全身がかなり重い。


 湿ったままの服を脱ぎ捨てて寝間着に着替え、

 カーテンを開くこともせずに俺はそのままベッドに横になった。


 図書館で借りてきたままの本が目に入って、

 重い腕を伸ばして一冊を手に取った。


 ブルーの表紙は少し色褪せている。

 病院で見た小川さんの傘に散らばった水玉の色に似ている。


 ページを捲ってみたけれど、

 点滴を受けながら横になる彼女の姿ばかりが頭に浮かんでしまい、

 何度も頭を振るのだけれど、痛みが増すだけで彼女の顔はいっこうに消えてくれない。


 ――もう帰っただろうか。


 同じ行ばかりを繰り返して読んでいることに気づいた俺は、

 本を閉じて枕元に置いた。


 深く息を吸い込むと、

 布団の埃と一緒に古びたインクの匂いが体に入り込んできた。


 遠くのほうで鳴く犬の声を聞きながら、俺はそのまま、眠りに落ちた。