一通り動物を見て回った後、
俺と小川さんは鳥類が集まるスペースに来ていた。
「この鳥って、全然動かないのね」
「……え?」
檻の前でしばらく立ち止まったままだった小川さんが急に後ろに振り返った。
驚いた俺の背筋が伸びる。
「藤本くん知ってた? こんな鳥がいるなんて」
「え? ああ…」
藤本くん、
最近の小川さんは、俺をそう呼ぶ。
特に年齢を教えあった覚えもないが、
俺も小川さんも、どちらが年上かなんて初めから分かっていたし、
自然の流れでいつのまにかそうなっていた。
彼女が俺をそう呼び始めたことに気づいたときは、少し、くすぐったい感じがした。
砕けた感じに話しかけてくれるようになったことも、嬉しかった。
「コイツ、何かの番組で見たことあります」
俺の方は敬語のままだけれど。
「へえ、知らなかったなぁ。何か怒ってるみたいな顔、この子」
彼女が“怒ってるみたい”と言うその鳥は、ハシビロコウだ。
小学校低学年生くらいの背丈があって、
2本の細い足で立ち、
名前の通り大きく幅広いくちばしが顔の半分を占める、目つきの悪い、滑稽な容姿の鳥だ。
「確かに恐い顔してますね。でもなんだか…笑えますね」
言うと、小川さんはふふっと笑った。
「さっきから見てるのに全然動かないよね」
「でもほら、目だけはちょこっと動かしてますよ」
俺の言葉に、小川さんはハシビロコウの前で手を振った。
始めは小さく。だんだん大きく。
「あ、ホントだ。あ、顔も動いた」
彼女の手の動きに合わせて、ハシビロコウは僅かだが反応を示す。
その態度は憮然としていて、けれどとても面白い。
喜んだ小川さんは、繰り返し真剣に手を振っている。
彼女に言われるまま、俺も同じことをした。
こんなどうでもいいことが、すごく楽しいと思える自分がそこにいた。