「忘れ物はない、先生?」
「うん、ないよ」
今日はいよいよ。論文を提出する日。
スーツをビシッと着た先生が珍しくて、カッコよくて……。私の体が熱を帯びる。
「翠々香、もしかして発情期?」
「ちがう方なので、ご安心を」
「? そう?」
頭をコテンと倒した先生の髪は、ワックスでしっかりセットされているから靡かない。
あの長い髪を、どうやって整えたんだろう。先生って、意外に器用だなぁ……。
「じゃあ、いってきます。翠々香」
「……はい、いってらっしゃい」
バタン、コツコツ
革靴を履いたコツコツ音が、だんだんと遠のいていく。
あぁ、行っちゃったなぁ……。