「わたくしはね、殿下にご挨拶して、できればお食事をご一緒したいのです。それさえ叶えば、起きるのは何時でも構わないの。だから、殿下に合わせて起こしてくれると嬉しいわ」


殿下と意思疎通を図ることが第一。離縁を言い渡されないように気を配ることが第二。

まずは馴染んで、価値を高める。


そのためには時間を揃えてもらった方が都合がよいし、言い回しは殿下をお慕いしているように聞こえる方がよい。実際、大変よいお方だもの。


にっこり笑ってみせると、ほうと侍女が息を吐いた。


殿下に合わせるのであれば、掃除も調理もまとめられることが多くなる。それほど負担にはならないでしょう。


まだ経験は足りないけれど、愛嬌があって気が利いて、やはりよい侍女だわ。余計な相槌は打たずに話を聞いている。


遠い国の婚約者に心を砕いてくださって、本当にありがたいこと。


「そのようにいたします」

「ありがとう。まずは殿下にご一緒してもよいか伺わなくてはいけないけれど。もしご快諾くださったら、よろしくお願いするわね」


承知しました、と深く頭を下げた侍女が、下を向いたまま言葉を続けた。


「我々からこのようなことを申し上げるのはおかしいかもしれませんが、ミエーレさま、殿下に歩み寄っていただいて感謝申し上げます」

「いいえ、嬉しいわ。ありがとう」


歩み寄りの努力はしているつもり。でもそれは、異国の人々を相手にするときの、ごく当たり前の心構えだわ。


わたくしはこれから、この国に骨をうずめるのだもの。


「わたくしは、殿下にもあなた方にも大変よくしていただいていてよ。歩み寄りというより、お話するのが楽しくて仕方ないのよ。こちらこそ、お付き合いありがとう」


微笑んで見遣った窓の向こうには、やはり暗がりが広がっている。慣れ始めた、決して不快でない黒だった。