「いったい、どういうことですか?原谷君」
「待って。俺は知らないから」
「しらばっくれないでください。現にこの中に慶彦さんが居るじゃないですか」
香織ちゃんが怒りに目を細めてツンキーにじりじりと詰め寄る。勿論、演技なのだが、ツンキーは本気だと思って大慌てだ。
「俺じゃないって」
「本当に?嘘を吐いていたら今度こそ二度と口を利きませんよ」
「えぇー……」
「したならしたって正直に白状してください」
「それは、その……」
繰り出される怒涛の攻め。香織ちゃんから仁王立ちで睨まれたツンキーは、ガックリと肩を丸めると「ごめん」と謝罪の言葉を呟いた。
香織ちゃんはその言葉を聞くなり“待ってました”と言わんばかりにツンキーの肩に手を置き、天使のような、聖母のような、神々しい微笑みを浮かべた。
見ているこちらも若干ときめく可愛さ。ツンキーが縋るような目で香織ちゃんを見る。
「いいんですよ。原谷君。誰にでも間違いの一つや二つはありますし」
「香織ちゃん……!」
「原谷君はただ私とお話がしたかっただけですもんね?」
「うん」
「じゃあ、菜々さんにもあの日、閉じ込めたことを謝ってください。そしたら許します」
「悪かった!あんな場所に閉じ込めたりなんかして」
「あ、あぁ、いえ……」
「澤田にもしつこく絡んで悪いことをしたと思ってる」
素直にベラベラと謝り始めたツンキーに若干引きつつも頷く。謝っているとはいえ、その顔は香織ちゃんの方に向いたままだが、ちょっと進歩。
しかし、チョロすぎるぞ。ツンキー。香織ちゃんが堪えきれずに半笑いになっているじゃない。
「よし。これでちゃんと証拠も揃ったね」
颯が悪魔のようにニッと歯を見せて笑う。隠れていた雄大も出てきてニンマリ。小春も鈴花もニヤニヤしちゃって悪い顔だ。
慶彦なんて理科室から助け出すなりケラケラと笑い声をあげてる。
「証拠?」
「はい。あなたの犯行は一部始終、皆で見させて頂きました」
首を傾げたツンキーの質問に答えるように、校長が理央に連れられて現れた。その後ろには澤田君のご両親とツンキーのご両親も居る。
1番後ろには理央が居て、私と目が合うなり『勝ったぞ』と言わんばかりにコッソリとほくそ笑んだ。悪い顔をして、すっかり優等生の仮面は外れてる。
「校長!澤田君の件はどうなるんでしょう?」
「理由も理由ですしね。停学は既に消化した日数分で終わりということで」
「だったら留年も転校もしなくて済む⁉」
「はい。ご両親とも話し合った結果、このまま問題を起こさずに頑張れば大丈夫ということになりました」
勢いよく尋ねた私と颯に校長はにっこりと微笑んだ。真面目な顔をして返しているけど、この結果を一番喜んでいるのはきっと校長だろう。
私たちが事前に説明した話の全てに『許可します!それも許可します。そっちも許可。とにかく許可。あれも許可。ここら全部、許可』と、食い気味に言いまくっていたのを思うと。
とにかく転校を阻止よ!と必死だったから。
澤田君のご両親も「息子のためにありがとね」と、ちょっと安堵した表情。
ツンキーのご両親は「ごめんなさいね」と申し訳なさそうに溜め息を吐いた。どんよりと肩を落としたお母さんに「いいんですよ」と返しておく。
「えっ、香織ちゃん⁉どういうこと⁉」
事態を把握したツンキーが目をかっ開き、驚きいっぱいに香織ちゃんを見た。そんなまさか俺を騙してたの?と本気で驚いて。騙されていたことに1ミリも気付いていなかったらしい。
「あはっ、お兄ちゃんの敵討ちみたいな?」
「えぇっっ!酷いよ。香織ちゃん」
「うん。ごめんね。原谷君」
へへ、と小悪魔のような微笑みをツンキーに向ける香織ちゃん。ツンキーはかなりショックを受けたらしく、その場にへたり込んで項垂れた。しかし。
「ちゃんと謝ってたから絶交は解こうかな」
「マジッ?」
香織ちゃんにそう言われて直ぐさま笑顔になった。やっぱり単純。
「後は澤田君に結果を伝えるだけですね」
理央が話を終わらせるようにポツリと呟く。平和な終演。こうして私たちのコミカルな復讐劇は大勝利を得て幕を閉じたのだった。
「お前らの行動力にはホント驚かされるわ」
夏休みも開けて新学期も始まり時は9月。体育祭当日を迎えた日の朝、澤田君が靴紐を結びながらしみじみと言った。
あの後、晴れて停学から解放された澤田君は以前と変わらない日々を取り戻した。
残りの夏休みの期間も何だかんだと皆で集まったし、休みが終わった後も毎日のように生徒会執行部のメンバーとして活躍している。
時々、襲撃されたりすることはあるけど、ツンキーが大人しくなったおかげでかなり平和。
問題の澤田君のご両親も山奥に転校させるより、真面目な友達が沢山居る環境の方がいいと考えているらしく、安泰を手に入れた校長の喜びようが凄い。
「これだけは絶対に外せなかったんですよ」
「相手はヤツだろ。勝っても煩い、負けても煩い」
「大丈夫ですって。後始末は香織ちゃんに頼んでありますから」
微妙そうな顔をする澤田君の背中を勇気づけるように叩き、穏やかに笑う。
今から澤田君が走るのは障害物競走だ。ライバルはお馴染みツンキー。ここはどうしても外せなかったので生徒会の権限で捻じ込んだ。真っ直ぐに勝敗をつけて欲しかったから。
ツンキーは意外と乗り気で今もスタートラインから澤田君を見て闘志を燃やしている。
腕のヒビも綺麗に治ってお馴染みの静電気ヘアーも復活しているが、いつもはおかしく見える髪型も今日だけは少しマシだ。
ハチマキと絶妙にマッチしていて、見方を変えれば少年漫画の主人公に見えなくもない。
「ちゃんと勝ってくださいよ」
「誰に言ってんだよ。勝つに決まってるだろ」
「本当に頼みましたよ?勝てたら絶対に言おうと思っていたことがあるんですから」
「何?」
「はい。私も好きです。よろしくお願いしますって」
「だから告白をすっ飛ばして返事だけ寄越すなって」
預言者かお前は!と澤田君は私のオデコをデコピンしながら言った。
ふむ、預言者と言ってくるからには勝てたら本気で告白するつもりなのかな?
正解が気になるけど、聞かないことにした。聞かずともこの後直ぐに答えを知れるって信じてるから。
「そろそろスタート地点に行った方がいいんじゃないですか?」
「そうだな」
「ゴール前でお茶とピーコ旗を持って応援してます」
「あぁ」
「ちなみに吊るしてあるあのパン、1つだけ中に大量の辛子が入ってますよ」
「げっ。マジ?あの案、通したのかよ」
良からぬ事実を聞き、げんなりした顔でスタート時点に向かってトボトボと歩いていく澤田君。
ふふふ。甘いです、澤田君。辛子以外のパンは全てワサビ入りなのだ。水筒を抱えた私を見て一番乗りでゴールまで走って来るがいい。
そんな悪企みを考えながら私はこれから訪れる澤田君とのトキメキいっぱいな未来を夢見て、空飛ぶピーコのイラストが描かれた旗を空に羽ばたかせた。
松之木学園、生徒会執行部【完】