「武将じゃありません。くノ一ですぞ。澤田氏」
「おー、忍者が俺に何の用だ?」
「お昼ご飯をご一緒しようと思ってお弁当を持って来ました」
「アホか。見つかったらマズイだろ」
お弁当箱の包みを見せびらかした私に澤田君は驚いた顔を見せる。そんな澤田君に仁王立ちでニンマリと自信満々な笑みを返した。手紙を届け終わったピーコ が外に放たれ、パタパタと私の元に戻ってくる。
「大丈夫です。誰か来たら用務員のオジサマが草刈り機を発動させて教えてくれます」
「まさか買収したのかよ」
「ふふふ。地方限定、三種の珍味で落ちました」
「ほんと悪知恵だけは働くなぁ……」
感心したように笑う澤田君にニンマリと笑い返す。
正直に言えば買収なんてしなくても用務員のオジサマは澤田君の件に関しては協力的だ。事情を言えば歯をキラーンと輝かせて「任せろ」と言ってくれた。
使ってる草刈り機の音は爆音だし、起動させたら直ぐに気づく。ついでに声も消せる特典付き。
すっかり恋のキューピッドなったつもりでオジサマはウキウキしてる。澤田君に言ったら照れそうだから今は黙っておくけども。
「まぁ、いいじゃないですか。お昼くらい」
「どうやって一緒に食べるんだよ」
「ロミオとジュリエット方式で」
「ロープで上ってくんの?」
「いえ。そこまで体力は無いんで遠隔的なランチでいきましょう」
「つまり窓越しな」
さすがに付き合いも少し経つとちゃんと意図が分かるようになってくるらしい。
澤田君は小さく鼻で笑うと、お弁当を広げる私に付き合って窓から少しだけ半身を乗り出した。
傍から見れば変な光景。だけど、2人とピーコしか居ないし、気にしない。
「あれから原谷に何もされてねぇ?」
「全然。関わって来ないです」
「ならいいか」
「そういう澤田君の状況はどうなんです?」
「あんまり良くねぇけど、家に居るよりはマシ」
「そんなに家に居るのが嫌なんですか?」
「まぁな。あいつら人の顔を見る度すげぇ干渉してくるし」
そう言って苦笑いを浮かべる澤田君。家庭環境について聞くと、どうやら澤田君の親は過干渉かつ過保護らしかった。
顔を合わせる度にあれこれ細かいところまで聞いてきたり、いろいろと意見を押しつけられたり、頭ごなしに口出ししてきたりする。
澤田君はそれが嫌であまり家に居たくないそうだ。思春期ならではの親にうんざりするアレ。
「それだけ澤田君のことを大切に思ってるんですよ」
「大切にするってレベルを超えて毒になってるから」
「そんなに凄いんですか?」
「やべぇぞ。転校の話も出てるし」
しかも行先は山奥の学校。スマホの電波も不安定で遊び場の一つも無いような場所らしい。
マジか。澤田君のご両親たら徹底的すぎる。それは考え直して欲しいなぁ……。せっかく仲良くなったのに会えなくなるのは嫌だ。
「嫌です。ここに居てください」
「俺だって転校はしたくねーよ」
「そんなところに行ってピーコと親睦を深める件はどうなるんです?」
「それもだけど、お前のアホ丸出しの珍回答が見られなくなるのがなぁ。名残惜しい」
「え、私に会えなくなるのが嫌なんですか?」
「そりゃそうだろ」
そう言って澤田君は私から視線を逸らすと少し寂しそうに笑った。行きたくねーな、って。
「分かりました。じゃあ、澤田君の彼女であるこの松戸菜々に全てお任せください」
「おい、待て。いつ俺の彼女になった?」
「え?今のは遠回しな告白では?」
「ちげーし」
「でも、何だかんだ言って私のことが好きでしょう?」
「だからって告りもする前から返事を出してんな」
先走った私にビシッとツッコミを入れ、澤田君は「油断も好きもねぇ女だ」と苦笑いを顔を浮かべる。
うん。ちょっと攻めてみたが、ダメだったらしい。
でも、否定しないってことはやっぱり好きなんだ?あれだけ心配してくれたり、面倒を見てくれたり、ベタベタしてきたりしてたから、もしかしてそうかなと薄々思ってたけど。
「分かりましたよ~。ちゃんと師匠として動くんで香織ちゃんを1日貸してください」
「そこからどうやって香織の話に繋がるんだよ」
「ダメですか?」
「別にいいけど、何をするんだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか。ツンキーを成敗するんですよ」
首を傾げた澤田君に「ふふん」と自信満々な顔を向けた。私に任せてください、と。
「やぁ、香織ちゃん。待ったかい?」
日が進み、来たる補習の最終日。学校の門の前。広報の慶彦が香織ちゃんに優しく声を掛ける。
「いえ。今、来たところです」
声を掛けられた香織ちゃんはパッと元気良く顔を上げると頬を染めて笑顔を振りまいた。
うん。可愛い。今日の香織ちゃんは全方位、敵なし状態。薄く化粧をして髪をハーフアップに結び、態度も声もお淑やか。
真っ白なワンピースがよく似合うし、この間見たときよりも純情度が二割増し。
私たちの後ろを歩いていたツンキーが「え、え、香織ちゃん…⁉」と、動揺を隠しきれない声で呟いたところからしてメチャクチャ可愛い。見惚れてしまうのも無理はない。
ここまで香織ちゃんを可憐な女の子に仕上げたのは鈴花《すずか》と小春《こはる》と私だ。
少ない女子力をフルに動かしまくって頑張った。ここから私たちは慶彦と香織ちゃんを主役にして、理央の指示の元、ツンキーを成敗するための罠を仕掛ける。
ちなみに撮影者は雄大と颯だ。2人とも姿が見えないように配慮しつつ、ビデオカメラを構えて待機している。
「今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。いきなりこんなことを頼んじゃってすみません」
「いいんだよ。むしろ嬉しい」
「ありがとうございますっ」
「さぁ、中に入って。さっそく校内を案内するから」
慶彦が台本通り香織ちゃんを手招き、校舎の方に足を進める。香織ちゃんもコクリと頷き、穏やかな笑みを浮かべ慶彦の隣を歩き始めた。
そんな2人の後をアヒルの子供のように私と鈴花と小春が付いていき、皆の様子を雄大と颯が撮っていく。
颯の持つカメラは録画用、雄大の持つカメラは配信用で理央の前に置かれたパソコンと繋がっている。
更に全員の耳にはイヤホン。これは理央から出された指示を聞くためだ。私たち演者組は録音機能付きのマイクも仕込んである。
この後の流れは単純でツンキーが動くまでひたすら校内を案内して回るだけ。
一応、設定としては香織ちゃんが学校を見学したいと慶彦に頼み、慶彦も快く引き受けたってことになってる。
重要なのは香織ちゃんが慶彦を好きって設定の元に動き、慶彦の方も満更でもない態度を返すことだ。そうすればツンキーのことだから絶対に何かを仕出かすだろう。
そこで現れた私たちが詰め、準備室に閉じ込めた件をツンキーに自白させて物語は閉幕。後は証拠の品を校長に提出すれば澤田君の停学は今日で終わる。
要はツンキーの嫉妬心を煽り、墓穴を掘らせ、最後は澤田君の停学の終了を勝ち取るのだ。
そんなの上手くいくのかって恐らく上手くいく。少なくとも門から出ようとしていたツンキーが、2人の姿を追って校舎の方に踵を返した時点で作戦は成功だ。
今頃、ツンキーの頭の中は香織ちゃんへの可愛さと慶彦への不満でいっぱいになっているに違いない。パッと出の男に俺の香織ちゃんは渡さんぞ!と思っていそう。
「ここが茶道部の部室だよ」
「わぁ!本格的ですね」
「こっちは家庭科室」
「広いですね。設備も最新ですし」
「でしょ。あっちは1年の教室があって、そこを通りすぎると理科室が~」
物凄く真面目に校内の見学をしつつ、仲睦まじく廊下を歩く香織ちゃんと慶彦。心なしかさっきよりも距離が近い。肩と肩が触れ合う距離。
そんな2人の後ろを女子メンバーが付いていく。
「昨日やってた学園ドラマ見ました?」
「見た見た。主人公の女の子が可愛すぎてヤバかった」
「この後の展開はどうなるのか気になるよね」
女子3人でたわいもない話を繰り広げる。途中、先生とも擦れ違ったけど、挨拶を交わしただけで香織ちゃんのことはスルーだった。
校長から趣旨を全教員に伝えてあるし、特に問題はないだろう。気にしまくっているのは私たちの後ろを歩いているツンキーだけ。
「近寄るなよ、六香ァ……」
廊下の隅っこ。歯をギリギリと鳴らして怒るツンキー。いちゃつく2人にかなり腹が立っているらしい。壁を蹴るような音まで聞こえてくる。
「OK。いい感じだね。三人とも一旦、香織ちゃんと慶彦から離れてくれる?」
耳に付けたイヤホンを通して理央から指示が入る。言われた通り慶彦と香織ちゃんに別れを告げ、小春と鈴花と一緒に階段を上って物陰に隠れた。
私たちが居なくなったことにより、ツンキーが先ほどよりも堂々と跡をつける。随分イライラした様子で。
「ここで香織ちゃんはトイレ、慶彦は理科室に入って。颯と雄大はそのままツンキーを撮影。他の三人は階段を下りて物陰で待機」
再び理央から指示が入り、各々忠実に動いていく。全体を動かしている理央はドコに居るかというと視聴覚室だ。
この一連の流れを校長、教頭、学年主任、澤田君の両親、ツンキーの両親と共にモニター越しに見てる。
「すみません。慶彦さん。私、トイレに行ってきますね」
「あぁ、分かった。この辺で待ってるよ」
理央の指示通りにトイレへ向かう香織ちゃん。それを見届けた慶彦が自然な感じにふらりと理科室の中に入る。
この間撮った目撃証言の動画をオープニングに流して始まったこの復讐劇。何も知らぬのは理科室の鍵を外から閉めたツンキーただ一人。
「閉めたね」
「閉めましたね」
「うわぁ……」
いそいそと鍵を閉めるツンキーの間抜けな姿が皆の目に映る。隣で一緒に見ていた小春が目を細めてドン引き。鈴花はあっちゃーって感じ。
颯は上手くいったと言わんばかりにしたり顔だ。雄大はビデオを良い位置で撮るのに夢中で、慶彦は今頃、鍵が閉まったことに気づいてゲームのスイッチを入れている頃だろう。
理央は一瞬吹き出した笑いを一生懸命、咳で誤魔化してた。腹黒王子め。
「あれ?慶彦さん?」
程なくして香織ちゃんがトイレから出てきてキョロキョロと辺りを見渡した。一見、他に誰も居なさそうに見える廊下。香織ちゃんの慶彦を探す声が響く。
その姿を階段の方からこっそり覗いていると、ツンキーが真面目な顔付きで香織ちゃんに近付くのが見えた。
いったい何をするのかと思えば「あれ?香織ちゃん?こんなところでどうしたの?」と、白々しく驚いたふりをして声を掛けている。
香織ちゃんから絶交され中のはずなのだが。この様子じゃ綺麗さっぱり忘れているに違いない。
「あ、原谷君。実は知り合いに校内を案内してもらっていたんですが。居なくなってしまって……」
「マジ?どっか行ったんかなぁ」
「さぁ……。置いていくような人じゃないんですが」
しょぼーんと肩を落とし困った顔を浮かべる香織ちゃん。
「良かったら俺が案内するよ。ちょうど暇してたし」
それを見たツンキーはヘラヘラと愛想の良い笑みを浮かべ、ドンッと自分の胸を叩いた。
なるほど。慶彦を閉じ込めたのはそれが目的か。きっと見ていた全員が心の内でそう思っただろう。
生徒会室で待機しているピーコも今頃『最低、嘘つき!この卑怯者!』とギャーギャー怒っているに違いない。
しかし、ツンキーは曇りなく笑ってご機嫌だ。自分が慶彦を閉じ込めたのに。
あまりにもバカらしすぎて面白かったのか鈴花が隣で吹き出した。小春はドン引きを通り越して無の表情になっているけど。
「よし。じゃあ、鍵を閉めた証拠も押さえたことだし。そろそろ本番に移ろうか」
理央から突撃の合図が入る。待ってましたと言わんばかりに私、小春、鈴花の三人は階段から廊下へ飛び出した。
その後ろで颯がカメラを隠して出てくる。雄大は未だ物陰で撮影中。理央もモニターの前。準備は万端だ。
「あれー?おかしいなー。慶彦が居ないぞ〜」
ツンキーの口調を真似ながら理科室の鍵を指でクルクルと回し、二人の傍に近づいていく。成敗してやるぞ、ツンキー!と無駄にハイテンション。
「はぁ?お前らどっか行けって」
「なんで?」
「面倒くさいから」
私たちに気付いたツンキーは物凄く嫌そうに顔を顰める。視線を落として“しっしっ”と手だけで追い払ってきた。箒で埃でも払うように。
「面倒くさいとは?この鍵のことについて聞かれたくないからかね?」
「知らねーし、そんな鍵。話し掛けてくんなや」
焦ったように声を震わせながらツンキーは必死な形相で私たちを追い払おうとする。
本気でこの場から消えて欲しくてしょうがないんだろう。鬼でも見たような顔だ。豆があったら今頃絶対ぶつけられてる。
しかし、残念だツンキー。私たちは退きはしない。
「これはね、理科室の鍵なんですよ」
「だから何だよ!早く消えろ」
「いいんですか?消えちゃって。中は暑いし、水もない。早く開けてあげた方がいいのでは?」
「知らねぇし。意味わかんねぇ」
焦ったように口調を荒げながら、ツンキーは香織ちゃんに「行こ」と言って逃げようとする。
ちゃっかり香織ちゃんを連れて行こうとしているところが絶妙にせこい。