「マズイことになったね」
どんよりと重たい空気が漂う生徒会室。いつもと同じく皆が長机を囲み、その中心に座った理央が肘をつきながら暗い顔付きで溜め息を吐く。
夏休み中で学校は休みだが、不測の事態が起きたため全員が集まり緊急会議を行うことになった。題材は勿論、澤田君についてだ。
「どうなるかな?」
「少なくとも停学は確定だね」
「相手だって悪いのに?」
「そうは言っても怪我だってさせちゃったし」
不安そうに尋ねた颯に理央が憂鬱そうに答える。
ツンキーはあの日、澤田君から殴られた所為で腕の骨にヒビが入ってしまったらしい。しかも一方的にボコボコにやってしまったものだから尚更、澤田君への処分は重くなるみたいだ。だから今日もこの場に居ない。
処遇が決まるまで自宅謹慎でその後は登校停学になる可能性が高いだろうとのことだった。
「しかも元々、素行が悪かったからね。ただの停学じゃなく無期限になる可能性が高い」
「そうなると厳しいですね。出席日数もギリギリでしたし」
「そう。補習だけじゃ補えない」
「留年、確定ですか?」
「そうなるくらいなら転校させる、っていうのが澤田君の親からの返答」
「……校長の泣く姿が目に浮かびます」
事情を話す理央に雄大が欝々しく視線を落とす。
そうだ。澤田君一人だけの問題じゃなく私たちの目標と校長の野望もこれにてジ・エンドになりかけている。
澤田君が転校してしまったら確実に寄付金は貰えなくなるし。行事だってしょぼくなり、一旦は廃止された恋愛禁止の校則だって復活してしまうかも知れない。
つまり学園中の生徒がつまらない学校生活を送るはめになろうとしている。ツンキーただ一人の手によって。
「そもそも菜々ちゃんを閉じ込めたツンキーに非があるんだから、その辺、裁量してくれても良くない?」
議事録を作成していた小春が納得のいかない顔で理央に訴える。
ツンキーに人1倍不満を抱える彼女からすれば本当に腹立たしく許せないことなのだろう。だが、理央は首を横に振った。
「それがツンキーの方はやってないって否定しているらしくて」
「はい?自分からやったって言ってたのに?」
「先生の前では認めないんだってさ。証拠がないとか訴えてる」
「前科が1回あるじゃん。菜々だってそう言ってるし」
「そうだけど、菜々が澤田君を庇っている可能性もなくはないからね。先生からしてもそこは慎重になりたいところなんだよ」
憤慨する鈴花に理央が苦笑いを浮かべる。
本当にそう。ツンキーの言う通り犯人だと証明するような証拠がないんだよ。確実に犯人はツンキーで間違いはないんだろうけど、証拠がない以上は先生たちも詰められないのが現状。
南京錠は扉に掛かっていたし、閉めることは誰にでも出来る。いくら鍵を持っていたからって証拠にはならない。開けるために持っていたと言われたらお終い。
「澤田君はなんて言ってるの?」
「しょうがない、って」
「諦めちゃってるのか」
「うん。迷惑が掛かりそうだから生徒会も抜けるって昨日、俺に言ってきた」
「えぇ……。せっかく仲良くなれたのに?」
「一応、俺のところで話は止めてあるけどね」
辞めて欲しくないよね、と皆で言い合う。
開け放った窓から見える空が暗い。真っ黒な雲が一面を覆って雷が遠くの方でゴロゴロと鳴っている。
事態はかなり深刻だ。あの日の私が想像していた以上に。
「せめてツンキーが犯人だと証明出来ればね~。どうにかなると思うんだけど」
しょげていた颯が独り言を言うようにポツリと呟く。それと同時にピーコが飛んできて私を慰めるように自分のお宝を差し出してきた。壊れたカメラの部品。
「あ、だったら……証拠集めをしません?」
「ツンキーが菜々を閉じ込めた犯人だって証明するの?」
「いいね。広報の腕の見せ所だよ」
「証拠を集めてそのまま自白に持っていこう」
提案した私に皆が顔を上げて頷く。
とにかく何もやらないよりはやった方がいい。そんな心境で私たちの証拠集めの日々が始まったのだった。
「んー、その日は直ぐに帰っちゃったから何も見てないや」
次の日の補習後。教室から出た私は証拠集めをするべく補習に来ていた別の生徒に聞き込みを開始した。
しかし、苦戦中。目撃者が全くと言っていい程いない。皆、首を横に振るばかりだ。
そりゃそうか。皆、補習が終わると同時に直ぐ帰っていたし。部活に来ていた生徒だって他の教室からは少し外れた場所にある準備室の前なんて通らないだろう。だからこそ私も閉じ込められて焦っていたんだし。
「原谷〜。その腕、どうしたん」
「あぁ、澤田にボコられてさ」
「マジ?」
「マジマジ。機嫌が悪かったみたいで」
腕に包帯を巻いたツンキーが声を掛けてきた他の生徒に弱々しい微笑を向ける。
いつもは真っすぐなツンツン頭も今日は普通だ。特徴のない平凡な姿になっている。
「あいつやばいじゃん……」
ツンキーに声を掛けた生徒は驚き顔。それをいいことにツンキーは犯人のくせして被害者を演じている。
きっと一発も殴り返せずにボコボコにやられたのが悔しかったのだろう。「受け身を取ったけどダメだった」とか「やり返したら負けだと思って」とか、言い訳みたいにツラツラと喧嘩に負けた理由を並べている。
自分は意思を持ってやられたのだ。と、そこすらも嘘を吐いて。虚しい男だ。ツンキーよ。
「あ、私、階段を上っていく人なら見たよ」
場所は代わり学校の門の前。ビデオカメラを持って聞き込みをしていた慶彦に女生徒の一人が目撃情報を話し出す。
その子が言うには部活の練習終わり、補習に出ていた友達と一緒に帰ろうと教室まで行ったところ、準備室のある四階の方へ階段を上っていく生徒を目撃したらしい。
その時の教室はまだチラホラ人が居る状態。時間的には準備室の鍵が閉められる少し前。四階には使われていない教室が多いし、犯人の可能性が高い。
「顔とか体型とか覚えてる?」
「それは見てないや。一瞬だったし」
「そっか。それは残念」
「でも、男子生徒だったのは間違いないよ」
「制服的に?」
「うん。それに髪がツンツンで珍しい髪型だった」
探偵並みに聞き込みをする慶彦に笑顔で語る女生徒。慶彦はカメラを構えてご満悦。
「そう言えば補習終わりに誰かが準備室の鍵を借りに職員室に来たな」
「本当ですか?」
「あぁ。中に人が居るのに気付かずに鍵が閉められたとか言って」
「その生徒は澤田君でした?」
「いや。別の生徒だったな。それで中山先生が様子を見に行ったから……」
傍に居た先生もその時の状況を語り出す。
そっちも時間的に澤田君が私に気づくよりも少し前だ。あの時、澤田君の近くを歩いていた部活帰りの生徒達の顧問だから間違いない。
ちょうど解散して職員室に戻って直ぐだったし、その人たちが着替えたりする時間を換算すると、鍵を取りに行った生徒の方が私が騒ぐより先に閉じ込められていることを知っていたのは確実。
誰かが廊下を通らないかと注意を払っていたけど、誰一人来なかったもの。つまり閉じ込められたことに気づいたのは閉めた直後。
むしろ閉めた犯人でしかない。それで鍵自体はツンキーが持っていたから……、やっぱり閉めた犯人はツンキーに違いないって話にいきつく。
「生徒会新聞の取材か?」
「はい。そうです」
話し終わって尋ねてきた先生に笑顔で答える。広報の慶彦は生徒会新聞を作るため、時々こうやってビデオカメラを持って取材をしている。メモを取るよりも確実だからと。
だからビデオに撮られているとはいえ、皆あまり違和感を感じていない。ツンキーも近くを通ったけどスルーだったし、道行く生徒もチラリと見るだけで何もツッコまない。あぁ、いつもの生徒会新聞のやつか。って顔をしている。
実のところ、これは証拠の動画作りだ。目撃情報があったと証言するために撮っている。
私たちが目指すところはツンキーの自白だから、あまり意味はないのかも知れないけど、念の為。証拠としては薄いが使わせて貰おうと思う。
「呼ばれなくても飛び出てナーナ、ナナ」
校舎の隅っこにある生徒指導室の窓の下。澤田君が停学になって数日後のお昼時、補習を終えた私は謎の掛け声と共にピーコを空に放った。
バサバサと音を立てて二階の生徒指導室まで飛んでいく賢いピーコ。その愛らしい足にはメモが括り付けてある。
【私、ピーコ。美人で可愛い鳩の女の子】
ある意味、名札のような手紙だ。
これなら先生に見られても怪しまれないし、澤田君には意図が通じるだろう……と、期待しながら物陰に隠れる。
ピーコは臆病だから一人で外には出ない。窓が開いていようが私と一緒じゃないと出て行かない。
そんなピーコがメモを括り付けて自分のところに飛んできた、ということは私が近くに居る……とピーコをよく知る澤田君なら直ぐに気が付くだろう。
メモを見た澤田君は真っ先に窓の外を見るはず。それも先生が近くに居れば見ないし、居なければ見る。そして私の姿を見つけるのだ。こうすれば電話を鳴らすよりも安全かつ確実に会える。
「……伝書バトって。戦国時代の武将か、お前は」
企み通り窓から顔を出した澤田君は私の姿を見つけると呆れたように笑った。
姿を見れて嬉しい。思っていたより元気そうだ。顔色も悪くない。ただ黒染めさせられて金髪だった髪がこげ茶っぽい色になってる。
「武将じゃありません。くノ一ですぞ。澤田氏」
「おー、忍者が俺に何の用だ?」
「お昼ご飯をご一緒しようと思ってお弁当を持って来ました」
「アホか。見つかったらマズイだろ」
お弁当箱の包みを見せびらかした私に澤田君は驚いた顔を見せる。そんな澤田君に仁王立ちでニンマリと自信満々な笑みを返した。手紙を届け終わったピーコ が外に放たれ、パタパタと私の元に戻ってくる。
「大丈夫です。誰か来たら用務員のオジサマが草刈り機を発動させて教えてくれます」
「まさか買収したのかよ」
「ふふふ。地方限定、三種の珍味で落ちました」
「ほんと悪知恵だけは働くなぁ……」
感心したように笑う澤田君にニンマリと笑い返す。
正直に言えば買収なんてしなくても用務員のオジサマは澤田君の件に関しては協力的だ。事情を言えば歯をキラーンと輝かせて「任せろ」と言ってくれた。
使ってる草刈り機の音は爆音だし、起動させたら直ぐに気づく。ついでに声も消せる特典付き。
すっかり恋のキューピッドなったつもりでオジサマはウキウキしてる。澤田君に言ったら照れそうだから今は黙っておくけども。
「まぁ、いいじゃないですか。お昼くらい」
「どうやって一緒に食べるんだよ」
「ロミオとジュリエット方式で」
「ロープで上ってくんの?」
「いえ。そこまで体力は無いんで遠隔的なランチでいきましょう」
「つまり窓越しな」
さすがに付き合いも少し経つとちゃんと意図が分かるようになってくるらしい。
澤田君は小さく鼻で笑うと、お弁当を広げる私に付き合って窓から少しだけ半身を乗り出した。
傍から見れば変な光景。だけど、2人とピーコしか居ないし、気にしない。
「あれから原谷に何もされてねぇ?」
「全然。関わって来ないです」
「ならいいか」
「そういう澤田君の状況はどうなんです?」
「あんまり良くねぇけど、家に居るよりはマシ」
「そんなに家に居るのが嫌なんですか?」
「まぁな。あいつら人の顔を見る度すげぇ干渉してくるし」
そう言って苦笑いを浮かべる澤田君。家庭環境について聞くと、どうやら澤田君の親は過干渉かつ過保護らしかった。
顔を合わせる度にあれこれ細かいところまで聞いてきたり、いろいろと意見を押しつけられたり、頭ごなしに口出ししてきたりする。
澤田君はそれが嫌であまり家に居たくないそうだ。思春期ならではの親にうんざりするアレ。
「それだけ澤田君のことを大切に思ってるんですよ」
「大切にするってレベルを超えて毒になってるから」
「そんなに凄いんですか?」
「やべぇぞ。転校の話も出てるし」
しかも行先は山奥の学校。スマホの電波も不安定で遊び場の一つも無いような場所らしい。
マジか。澤田君のご両親たら徹底的すぎる。それは考え直して欲しいなぁ……。せっかく仲良くなったのに会えなくなるのは嫌だ。