松之木学園♥生徒会執行部




 「ピーコ……」


 居ても立っても居られず声を掛けると、ピーコは頭を上げ、悲しそうに瞳を揺らした。『クルックー』と助けを求めるように鳴く。


 その瞬間、殺人鬼(ニワトリ)が『コッケェェ』と威嚇の雄叫びをあげてピーコを睨んだ。怖がって震えあがるピーコ。私の可愛いピーコ……。愛しのピーコが!


 「いやぁぁあ!ピーコォォォ!」


 涙で顔を濡らしながら再び金網を全力で叩いて大絶叫。その所為で皮膚が切れ、血が滲んできたけど、気にしていられない。とにかく助けたくて必死。お前の獲物はこの私だ、コッチを見ろ、の精神。


 「菜々」

 「澤田君!ピーコが、ピーコが!」

 「分かったから。落ち着けって」


 暫く格闘していたら澤田君がやってきて私を背後から羽交い締めにした。いきなり抱き締められて仰天。飼育小屋から離されて手首まで掴まれる。


 「離して!」

 「あんまり叩いたり騒いだりするな。余計にあいつらの気が荒ぶる」

 「でもっ!」

 「いいから。もうすぐ鍵がくるし、待ってろ」

 「……う、うん」

 「大丈夫、大丈夫」



 やけに落ち着いた声で言われて何だかちょっと安心。心が一瞬で冷静になる。澤田君は大人しくなった私を更に落ち着かせるように、腕をポンポンとリズム良く何度も叩いてきた。何だかちょっと子ども扱い。あやされているみたいだ。


 「落ち着いた?」

 「うん」

 「助けてやるから。騒ぐなよ」

 「……分かった」


 コクリと頷いて直ぐ。校舎から小春と理央が全速力で走ってきた。その手には鍵。途端に背筋が伸びる。だって鍵。今すぐ開けなきゃ。何が何でも直ぐ。早くピーコを助け出したい。


 「菜々ちゃん!鍵っ」

 「小春〜!ありがとう」

 「いいの。それより早く出してあげよう」


 お礼を言った私に小春は鍵を差し出しながら大きく頷いた。澤田君が「俺が行く」と言って小春から鍵を受け取り飼育小屋の入口に向かう。

 程なくして澤田君の手によりドアがガチャリと音を立てて開いた。慣れ親しんだ澤田君の姿を目に捉えたピーコは一目散に澤田君の肩へ飛んでいく。


 「ピーコ……!」


 そして傍に駆け寄るとピーコは私の元へ直ぐに飛んできた。堪らず頬ずりをすれば『何よ!どういうことよ?怖かったわ!』と言いたげな目を向けてくる。撫でてやれば嬉しそう。感動の再開だ。




 「無事で良かったな」

 「うん」

 「しかし、なんでピーコが飼育小屋に?」



 傍に戻ってきた澤田君が不思議そうに首を傾げる。

 そう。問題はそこだ。どうしてココにピーコが?飼育小屋の鍵は閉まっているし、ピーコは普段生徒会室の鳥かごの中に居る。


 生徒会室は夕方まで鍵が掛かっているし、飼育小屋の掃除をするのは昼。万が一、窓が開けっ放しになっていたとしても、ピーコは基本的に臆病だから1人で外に出たりしない。それこそ私が一緒に居るときにしか。

 だからこそ自らココに来て閉じ込められた可能性は薄い。誰かが連れてきて閉じ込めたとしか思えない。



 「生徒会室の鍵は掛かってたよね?」

 「そうだね。俺が開けたから、そこは間違いないよ」


 不思議そうに小春と理央が言う。騒ぎを聞きつけたらしい鈴花と雄大も来て、皆、不思議そうにしていた。しかし、犯人は直ぐに判明する。


 「あれー?もう外に出しちゃったのかぁ〜。つまんねー」

 良く言えば剽軽、悪く言えばバカっぽい声をあげながら、ツンツン頭のヤンキーがゴミ置き場の裏からひょっこり顔を出す。ツンキーだ。途端に澤田君の目が据わる。


 「……お前がやったのかよ」

 「ああん?」

 「お前が犯人かって聞いてんだけど」

 「そうだ。これで俺の凄さも分かったし、少しは懲りただろ。バカ女も」


 鬼のように不機嫌そうな澤田君を更に煽るようにケラケラと笑うツンキー。肩に乗っていたピーコが、怒り狂ったように羽をバサバサと羽ばたかせてギャーギャー騒いでいる。


 透かさず澤田君がツンキーのところへ飛んで行きそうになったから今度は私が羽交い絞めにして止めた。ここで挑発に乗ったらツンキーの思うつぼ。それは避けたい。


 「ピーコォー!だって。ビービー泣いててマジでウケたわぁ。ザマァ」

 「最低……」

 「食われりゃ良かったのに」

 「うるせぇ。ゴミ」

 「あーそ。だから何だぁ?何とでも言えや」

 「クズ」

 「カス」

 「チビ」

 「ツンツン頭」

 「あ?」


 何とでも言え、と言ったくせにツンキーは髪のことを指摘した鈴花を睨む。そこはやっぱり気にしているらしい。髪を押さえて眉間に皺を寄せている。だったら髪型を変えろって話だが彼は一向に変えようとはしない。今日も今日とて相変わらずのツンツン頭。


 「元はと言えばお前が悪いんだろ!面白おかしく澤田と俺の噂を流しやがって!」

 「それはもう、そっくりそのまま返します」

 「そうだよ。元はと言えば変な噂を流したり、菜々に手を出そうとした、そっちが悪いと思う」


 怒るツンキーに雄大と鈴花がサラリとごもっともな意見を返す。きっと一連のこれは悪役ツンキーとして定着してしまったことに対する反抗だろう。しかし、更に悪役度を上げてどうする。





 「いい加減にしろや。腹立つ」

 「ああん?」

 「こいつには手ぇ出すなって言っただろ」


 あまりに理不尽なことを言うツンキーにムカついたのか、澤田君が怒り心頭な顔で立ち上がる。


 胸きゅんランキング、ベスト10みたいな台詞を吐いているけど、顔付きを見るからにこちらは生きた心地がしない。焦った雄大が「まぁまぁまぁ」と澤田君を落ち着けにいく。


 「澤田君〜。怒らないでよ」

 「お前らな……」

 「それよりも!僕、疑問なんだけど。原谷君はどうやってピーコを連れ出したの〜?」


 怒る澤田君を宥めつつ、颯が目をパチクリと瞬かせ、あどけない顔でツンキーに尋ねる。純粋な子供のような眼差しだ。水族館で泳いでいる魚の名前でも尋ねているような。


 「そんなんチョチョイとやって直ぐだ」

 「へぇー。凄いね。開けるの難しくなかった?」

 「全然、鍵を盗むくらい俺の手に掛かれば余裕よ」

 「おー。鍵ってあれ?生徒会室の?」

 「おぅ」

 「えー!ってことは校長に見つからずに持ち出せたってこと?凄い」

 「まぁな。あのババア、時々鍵を開けっぱで出ていくから。その隙をついて中に入ってさ」



 天使のような悪魔に誘導尋問され、ツンキーは自分の犯行をペラペラと喋っていく。得意げに話してくれてますけど、あなた。その会話、全て理央に録音されてますよ。



 「オッケー?理央。ちゃんと録音できた?」

 「バッチリだよ」


 証拠を収めてにこやかに笑う颯と理央。ツンキーがしまったって顔をしたけど、もう遅い。悪魔たちの作戦勝ちだ。
  



 「障害物競走、原谷。こっちも原谷。これも原谷」



 ピーコ閉じ込め事件から1週間後の生徒会室。メンバー全員が長机を囲って体育祭の種目について議論する中、未だツンキーに対して苛立っていた私は障害物競走の走者の欄に永遠とツンキーの名前を連ねていた。


 あれからツンキーは停学になり実質的には成敗された。しかし、謝ってもくれず反省もなく、こちらはモヤモヤを募らせてる。

 顔を合わせないし、怒れないし、処分は甘いし、怒りをぶつける先がここくらいしかない。ファッキュー、ツンキー。許さんぞ。


 「なんで、あいつの名前ばっか書いてんだよ」


 それを隣で見ていた澤田君が苦笑いを浮かべる。すっかり生徒会のメンバーの一員って顔をして、絶対に入りたくないと拒否していた最初の澤田君が嘘のようだ。


 「一人で障害物競走を走らせるためですよ」

 「一人じゃ競技にならないだろ」

 「ならなくていいです。途中で彼が食べるパン全部に下剤を仕込むことが出来ますから」


 『的中率100%!』と言って悪魔のような笑みで“タン”と舌を鳴らし、首を切るように親指をシュッと横切らせる。ツンキー成敗のポーズだ。勿論、冗談ではあるが。


 「待て。それだけはヤメておけ」 


 しかし、澤田君は真剣な顔で私を止めてきた。ペンを握った私の手を掴んで、首を横に振って、諭すような瞳で本気も本気。冗談で言っただけなのに顔がガチ。しかも他の皆まで真に受けている。



 「絶対にヤメてよ。菜々」

 「そうだよ。さすがに全国ニュースに載るのは困るから」

 「僕、嫌だからね?同じ生徒会のメンバーとして一言!ってインタビューなんか受けたくないし」

 「そうですよ。仕返しをするならもっと別の、違う方法を一緒に考えましょう」


 全員が一丸となって私を取り囲み真顔で諭してくる。ニュース沙汰になるようなことだけはヤメようって。ただの冗談なのに。

 嘘だと理解しているのは議事録を書いている小春とピーコだけ。いや、笑顔で頷いているってことはツンキーを成敗することに賛成しているのかも知れない。


 「もう。本気ではしませんよ」

 「絶対だぞ」

 「念を押さなくたって絶対にしません」

 「お前は本気でしそうで怖い」

 「いったい私にどんなイメージを持っているんですか」


 しかと言質まで取ってくる澤田君に苦々しい笑みを向ける。確かにツンキーに対しては腹が立っているけど、さすがに物事の善悪くらいはちゃんとつく。そこまで真剣に心配をされるのも複雑だ。危険人物だと思われているみたいで。


 「まぁ、腹が立つのは分かるけどね〜。思っていたより処分が甘かったし」

 「そうだね。せめて3週間は反省して欲しかった」

 「1週間って。校長も甘いと言うか」

 「あの人は結構甘いところがあるから」

 「勉強に関しては厳しいのにね〜」


 皆、思い出したようにツンキーの処遇について呟く。


 あの後、校長から言い渡されたツンキーへの罰は『停学一週間』だった。校長室から鍵を盗み、ピーコを連れ去って飼育小屋に閉じ込めるという大罪を犯したわりには処罰が甘い。


 自分にも非があっただけに責めきれなかったのかも知れないが、やられたこちら側としては不服。これじゃまた懲りずに同じことをやりそうだし。


 そうなったら次こそ澤田君がキレそうで心配だ。あの日、去っていくツンキーを見る彼の目だってかなり怖かったから。言わないだけで溜まっているものが結構あるんじゃないかと思う。


 まぁ、言ってる間に夏休みも挟むし、お互いクールダウンしてくれればいいんだけど。こればっかりはツンキーの気まぐれによる。



 「平和もこれにて終了ですね」

 「明けたらまた何か仕掛けてくるかな?」

 「諦めが悪そうだからね。来ると思う」


 “コンコンコン”とペンで机を叩きながら考え込んでいた私の向かいで雄大と颯と理央がツンキーの登場予告をする。


 明けて直ぐに突撃してくるやら、やることがエスカレートしそうやら、出てくる予想は結構暗めのものだ。平和に過ごしたい皆としては出来れば来ないで欲しいというのが本音だろう。


 「それにしても澤田君にかなり執着してるよね」

 「確かに。以前から確執があるような発言が多々ありましたね」

 「何か心当たりはないの?」



 疑問で溢れ返った颯が問うような視線を澤田君に投げる。尋ねられた澤田君は記憶を辿るように俯いて考え込む。しかし、少しすると小さく息を吐いて「分かんねぇな」と呟いた。全く心当たりはないらしい。



 「あの頭には見覚えがある気がするんだけど」

 「確かにあの髪型は一度見ると印象に残りますしね」

 「しかし、どういう繋がりがあってその時にあいつと何をやったかは覚えてねぇんだよ」

 「全く?」

 「全然。基本的に絡んでくると言えばあんなやつらばかりだから。記憶がごちゃ混ぜになって曖昧」


 『はぁー』と溜め息を吐き、澤田君は背もたれにするように私の肩に寄りかかってきた。様子を窺うように顔を覗けば、瞼を伏せてかなりお疲れな様子。


 表情も暗い。まぁ、あんな人ばかりにあれだけ振り回さればそうなってしまうのも無理はないけど。


 しかし、羽交い絞めにされて以来、距離感がバグったのかこういうスキンシップが多くなった。女として全く見られていないのか、距離を縮めたくてやっているのか、それとも心のピースが嵌まってしまったのか、いったい正解はどれだろう?


 私も私で謎。こうやってベタベタ来られても全く悪い気はしないんだから。不思議だ。



 「とりあえず挑発されてもブチギレないようにだけお願いします」

 「そうだね~。向こうの思惑通りに動くのも癪だし」

 「頼むよ。こちらも出来るだけフォローは入れさせて貰うから」


 今後起こり得るであろう事態に備え、颯と雄大と理央の男子コンビが澤田君へお願いをする。

 殴り返して停学、留年、退学なんて流れになったら嫌だし。そこは仲間としてしっかりと澤田君に言い聞かせた。皆、校長との約束以前に澤田君を仲間として失いたくないと思ってきてるから。


 「んー、まぁ、努力はする」


 お願いをした男子コンビに澤田君は曖昧な返事をした。首の裏を手で擦って自信なさげな表情だ。本当は約束できないと言いたそう。



 「もう、いっそのこと体育祭の種目で勝負すれば?」

 「いいね。平和で」

 「澤田君とツンキーの一騎打ち」

 「ほら、菜々ちゃんが仕掛けた下剤入りのパンを食べた方が負けとか」

 「そこは辛子くらいにしておこうよ」



 そんな皆の様子を見兼ねて女子メンバーで平和なバトルの方法を話し合う。それなら健全だし、勝負にもなるし、いいだろうって案だ。元々していた会議のテーマに戻ってきたって感じがする。


 「ロシアンパンレットだね」

 「下剤はさて置き、中身を変えれば使えそう~」

 「騎馬戦とか短距離走もありじゃない?」

 「校長が頷いてくれるかどうか」

 「2人だけは無理でも上手く当たるようにはしてくれるかも知れない」


 各々思うように体育祭の種目についての話が進む。澤田君は別に何だっていいって感じ。相変わらず私に凭れ掛かって困ったような微笑を浮かべている。


 後はツンキーがそれで納得するか。何と言っても相手はヤンキー。勝負と言えば喧嘩なのである。
  



 「オッラァァ澤田ァァァッ!」



 時は過ぎて1週間後の7月初旬。帰宅しようと校庭を歩いていた私たちの耳に、任侠映画に出てくるような怒鳴り声が響いた。


 半ば諦めたような気持ちで振り向くと、そこにはすっかり慣れ親しんだツンツン静電気ヘアーの男が。


 それも私たちを追って急いで出て来たのか、足元を見れば上靴のまま。電気の点いた校舎を背景に、格闘ゲームのキャラのようなファイティングポーズを決めている。


 堪らず視線を重ね合わせる私と澤田君。他の生徒会メンバー達も顔を見合わせ、呆れたように「はは…」と乾いた笑い声をあげる。


 今日も我らのライバル、ツンキーのテンションは絶好調。停学が明けても何一つ変わらない。相変わらず校則違反はスリーアウトのままだ。



 「ねぇ、澤田君。ラーメンでも食べに行きません?」

 「そうだな」

 「ほら、駅前の新しいところにでも」

 「分かった。奢る」

 「わ~い。ありがとうございます」

 「おいコラ、無視すんなやっ!!澤田ァァァ」



 背を向けてスルーしようとしていた私たちにツンキーは声を震わせて叫ぶ。無視はさせてくれないらしい。



 「声が煩いよ。原谷君」

 「黙れ」


 声の音量を指摘した颯を突っぱね、ツンキーは拳を握り締めてメラメラと瞳を燃え上がらせる。

 理央が「懲りないねぇ」と皮肉っぽくせせら笑ったがツンキーは気にしない。喧嘩でも始めようと思っているのか、肩を切って真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。




 「お前の所為ですげぇ面倒な目にあったんだぞ!」

 「へぇー。それはご苦労さん」

 「ああ?お前が逃げ回るから七面倒臭いことばっかやるはめになってるんだからな」

 「知るか。自分がやったことの結果だろ」



 吠えるツンキーに澤田君は淡々と正論を言い返す。さすがのツンキー様もそこは自覚があるのか悔しそうに「チッ」と小さく舌打ちをした。

 その姿を不満たらたらに見つめる。心の中は恨む気持ちでいっぱい。腹が立つと思って睨んでいたら、鼻息荒くツンキーから睨まれた。その瞬間、澤田君の腕が伸びてきて何故だか背中に隠される。


 「え、庇われキュン?」

 「違うつーの」


 完全に否定されたが内心動揺。突如として訪れた胸キュン展開にドギマギしながらも、澤田君の背中越しにツンキーの様子を覗く。


 「俺と勝負しろ」

 「断る」

 「俺はお前に勝たなきゃいけねぇんだよ!」

 「そうか。じゃあ、お前の勝ちでいいよ」

 「それじゃ意味ねぇっ」


 せっかく勝ちを譲ろうとしてくれているのにツンキーは提案を突っ張ね、お馴染みの闘牛ポーズを取る。

 そんなツンキーの頭をガッと片手で押さえ、澤田君は表情薄く溜め息を吐いた。