松之木学園♥生徒会執行部



 「へぇ…」

 
 私の話を聞いて一応は敵だと認識したんだろう。澤田君は低い声で呟きながらツンキーと距離を詰めていく。でたな。ヤンキー特有のオラオラ詰め。


 「やっと姿を現したな!澤田ぁぁぁ!」


 澤田君から視線を頂戴したツンキーは溢れ返った喜びを隠そうともせず、瞳をギラギラに輝かせて舌なめずりをする。

 テンション高く叫んじゃって、散歩中の犬を見掛けた子供のよう。嬉しさのあまり、さっきまで丸まっていた背中がシャキッと伸びている。尻尾の幻影まで見えそう。私の存在も綺麗さっぱり忘れている。


 「誰だっけ?」

 「俺の顔を忘れたかぁ!澤田ぁぁ」

 「うん。覚えてねぇ」


 ハイテンションに叫びながら反復横飛びみたいなステップを踏み出すツンキーに、澤田君は冷めた眼差しで素っ気なく言い返す。

 しかし、落ち着いていようが無かろうが皆と気になるポイントは変わらない。一度、顔に向いた視線は流れるようにツンキーの頭の方へ。やっぱり澤田君もそこは気になるらしい。他の生徒だってそうだ。横を通りすぎる度にツンキーの頭を一瞥していく。




 「名前は?」

 「ツンキーです」

 「ツンキー…?」

 「ツンツン頭のヤンキーでツンキー」

 「勝手にあだ名なんか付けんな!俺の名前は原谷だぁぁぁッ!」


 ビシッと澤田君の質問に答えた私にツンキーが青筋を立てて怒鳴る。それも余程、腹がたったのか私の肩を掴んでグラグラ。キレっぷりが凄まじい。眼鏡がふっ飛んでいきそうだ。


 「なぁ…。俺に用があんだろ」

 「そうじゃあっ」

 「んじゃ、こいつにキレんなや」


 電動ぶるぶるマシーン状態の私を見兼ねたのか、澤田君がツンキーの手をパシッと払い除ける。パシッというかズシッと。それはもう、かなりの衝撃だったらしく、攻撃を受けたツンキーは腕を押さえながら「うぎゃあ!痛ってぇぇぇ!」と大騒ぎしている。


 「ザッコ」

 「誰がザコじゃ!腹立つ」

 「払っただけなんだけど」


 廊下を転げまわるツンキーを上から覗いてバカにするように鼻で笑う澤田君。傍から見ればいじめっこと被害者だ。もしくは魔王様に『ざまぁ』された序盤のモブキャラ。



 「平気?」

 「はい」

 「そっか」

 「え、トキめいておくべきです?」

 「アホか。トキめかんでいい」

 「ありがキュンと澤田キュン、どっちの方が好みです?」

 「どっちも要らんわ」


 何だか気恥ずかしくなって指でハートを作った私を軽くあしらい、澤田君は余裕綽々に小さく笑った。あれー?ラブイベントが起きた?私にもついに怒涛の春キュンが?なんて、ちょっとワクワク。


 しかし、再び澤田君の顔を覗けば涼しい顔だ。視線は真っ直ぐツンキーに向いている。


 おのれ。ツンキー。邪魔だー。と腹が立ったが、ツンキーの血走った目が思いの外、殺気立っていたので口を閉じる。


 「毎度、毎度、不意打ちをかましやがって!狡いんだよっ」

 「お前が相手じゃ不意をつくまでもねーだろ」

 「ああん⁉バカにしやがって。次こそぜってぇ泣かしてやる」

 「へー。それは楽しみだ」

 「正々堂々と勝負しろ」


 絶対に不意を突かれた訳じゃないのに、ツンキーは恥ずかしさからか澤田君を卑怯者呼ばわりしながら決闘を申し込む。たった今、この場で負けたのにだ。既にワンパンで払い除けられて転げまわっている最中なのに、懲りるどころか勝ちにいこうとまでしている。


 「チャレンジャーですね。原谷君」


 思わず顔を引き攣らせ、真剣なトーンでツンキーにツッコむ。


 「おうよ。諦めたら負けだ」


 ツンキーは応援された気分にでもなったのか、鼻を指でこすりながらキリっとした厳つい顔を浮かべた。この男、無謀と言うか本当にバカな男である。
  


 「澤田にボコられた」


 ツンキーとの件があって数日が経った頃。澤田君からあしらわれまくったツンキーは、悔しかったのか事実を捻じ曲げた噂を流し始めた。


 ツンキー目線で言うとあれから何度か襲撃をしたものの澤田君は全くと言っていいほど相手にしてくれず、喧嘩を売っても鼻で笑われて終わり、殴りかかっても軽く躱され、私をダシにしようと目論むも捕まらない。


 このままじゃ彼が言う正々堂々とした喧嘩は出来ず、いつまでも一発で沈められて負けた自分のまま。


 それが余程恥ずかしかったのだろう。だったら物理的に視界から消してやれと言わんばかりに『何もしてないのにいきなり澤田から殴られた』と他生徒を捉まえては熱心に言い回っている。


 私にブチギレた結果そうなったのに、そこは隠して。


 そもそも殴ったんじゃなくて払い除けただけなのだが【澤田君の更生】を目標に動いている私たちにとっては少々厄介だ。


 ただでさえバチクソヤンキーな澤田君は悪いように思われやすいし、殴られたなんて噂が蔓延(はびこ)っていたら更なる勘違いも生まれやすい。


 保護者から問い合わせが来た日には悲惨。無視も出来ないし、切り捨てたくもないし、板挟み。校長も教員も職員室の中で耳を塞ぎヒヤヒヤしながら頭を抱えている。


 ここまではツンキーの目論見通り。だが、しかし、ツンキー。残念だったわね。敵に回した相手が私だったことを後悔するがいい。


 「それでね、そのとき澤田君がこいつには手を出すなって菜々の前に現れてさ〜」

 「ボコボコに殴られそうになっていた私を助けてくれたの」

 「キャー!澤田っちカッコイイ〜!」

 「やばいっ!推せる〜っ!」


 教室のド真ん中。鈴花とタックを組み、ツンキーに絡まれたときの出来事を少女漫画の主人公目線でクラスメートに言い回る。

 頬を染めて話す私にクラスメートの女子たちは大盛りあがり。ツンキーの流した噂は霧のように霞み、すっかり私が澤田君から助けられたって話に作り変わっている。


 ふふふ。ツンキーめ。乙女の胸キュン好きをナメるなよ。そちらの中では少年漫画のような展開にしたかったのだろうが、こちらの愛読書は少女漫画だ。


 そちらの界隈(かいわい)であくどく暴れまわっているであろう卑劣な悪役は、こっちの界隈では無敵の俺様ヒーローとして描かれているのだよ。


 視点が変われば立ち位置も立場も価値観も変わる。この恐ろしさ、その身をもって知るがいいと、心の中でダークに叫ぶ。

 澤田ヒーロー爆誕である。



 「おい…。菜々」

 「キャー!澤田っち来たー!」

 「菜々、澤田君が迎えに来たよ」

 「早く早く」


 教室に顔を出した澤田君に女子達が派手に騒ぐ。注目を浴びた澤田君は気まずそう。普段は怯えた顔を向けられることが多いだけに好奇心いっぱいな顔は慣れていないはず。


 「何です?」

 「いいから。ちょっと来い」

 「来い、だって」

 「萌える」

 「行ってらっしゃい〜」


 ちょいちょいと手招かれて教室のドアの前。言うこと成すこと女子からからかわれた澤田君は、ひっそりと私を廊下の端っこに連れていく。


 不良のくせにコソコソとしたりなんかして……と思ったりもするが、私含め生徒会のメンバー全員が手当たり次第に澤田君のヒーロー話をしまくった所為で澤田君はある意味、肩身が狭いらしい。現に私と歩いている今も輝々とした目で女子達から見られている。


 「菜々ちー。デート?」

 「あ、うん。校内デート」

 「そっか。ごゆっくり」


 声を掛けてきた女子に適当なことを返しながらヒラヒラと手を振る。すると、澤田君が物珍しげな表情で私を見てきた。納得が出来なさそう。


 「お前……。いかにもガリ勉みたいな見た目をしておいて、そのコミュニケーション能力の高さはいったいどういうことだよ」

 「さぁ……。高いんでしょうか?別に普通だと思いますけど」

 「どう見たって普通じゃねぇだろ」

 「んー、強いて言うなら、父、芸人。母、女優。叔父、マジシャン。叔母、演歌歌手。祖父、政治家。祖母、企業役員の家庭で育ったんで、それでですかね?」

 「何だそれ。トリプルMIX無敵コンボみたいな家庭環境だな……」


 サラリとお宅事情を語った私に澤田君は顔を引き攣らせる。別に引かなくたっていいのに。それを言うなら澤田君ん家の方が凄いと思う。誰もが知っている大手財閥の息子なんだから。




 「それだけ周りに凄いのが居るってことは、お前も大物になりそうだ」

 「いいえ。平凡ですよ、私は」

 「そうか?意外と眼鏡を外すと別人みたいになるとか、そんな設定はねーの?」

 「全然。何の変わりもありませんし、素朴なもんです」

 「へぇ。どんな?」

 「こんなんです」


 ほら!と眼鏡を外して澤田君に素顔を見せてみる。そこには絶世の美女……ではなく素朴な私の姿が。


 「あんまり変わんねぇな」

 「そりゃそうですよ。そんなものです」

 「まぁでも、嫌いじゃねぇわ」

 「そりゃどうもです」


 ヘラヘラと笑って眼鏡を掛け直した私に澤田君はちょっとだけ微妙な顔をした。反応が薄いなー、って。


 「おっと。ここはやはりしっかりとドキッとしておいた方がいいです?」

 「しなくていい。言われてするもんじゃねぇ」

 「えー」

 「それよりあれから原谷に絡まれて無いよな?」

 「はい。それは全く。皆、姿を見つけると直ぐに知らせてくれるんで」

 「そうか」


 安心したような表情を浮かべる澤田君にニッコリと愛想の良い微笑みを向ける。


 澤田君はここ最近、毎日こんな感じだ。自分が理由で絡まれたこともあってか話す度にチラリとツンキーのことを聞いてくる。心配しなくって私は大丈夫なんだけども。




 「ふふん。今やツンキーは一般生徒を殴ろうとした極悪卑劣な悪党ですからね。何を喚こうが避難の的。彼に勝ち目はないです」

 「末恐ろしいな」

 「何を言っているんですか。売られた喧嘩は叩き壊して熨斗紙を付けて送り返す。それくらいやらないと」


 悪どい表情を浮かべてクックックッと笑って見せる私に澤田君は声も無く笑う。呆れたというより頼もしいって意味で。


 「お前はホント優しいのか、恐ろしいのか、それともアホなのか、どれだよ」

 「全部です」


 目を細めて尋ねてきた澤田君に、手を腰に当て、指を指し、顎を上げ、自信満々に言い返す。


 全ての要素をひっくるめて私、松戸菜々である。その考えだけは何があろうが譲れない。


 「あ、2人とも。ちょうどいいところに居た。少し手伝ってくれない?」


 両手に大量のプリントを抱えた理央が私たちを見つけて声を掛けてきた。


 隣に居た澤田君がふらりと寄って理央の荷物を半分持つ。それを更に半分持ち、歩きながらプリントに目を通すと体育祭らしいイラストが描かれてあった。


 きっと体育祭に向けて集った旗や看板のデザインが返ってきたのだろう。どの旗を候補としてあげるか意見を聞こうと思っているに違いない。



 「上手いですね、皆」

 「あぁ」

 「澤田君はどんな絵にしました?」

 「俺は描いてないし、出してねー」

 「ヤル気なっしーですね」

 「そういう菜々は絶対ピーコの絵を描いただろ」

 「勿論。ピーコは私の唯一無二ですからね」


 ぴたりと正解を言い当ててきた澤田君に笑顔で自分が描いたイラストを見せる。


 プリントの中に収められているのは空を羽ばたくピーコの絵だ。ピーコの愛らしさがよく出ていて我ながら良い出来ではある。


 まぁ、まだどれが選ばれるかは分からないけど、今から結果が楽しみだ。


 私が描いたピーコの絵が空に羽ばたくかも知れないと思ったら胸が熱い。きっと忘れられない。それを見たピーコが自由奔放に空へ羽ばたいて行かないか少し心配ではあるけども。
  


 「ピィィィィコォォォッ!!」


 夕暮れ時の校庭。古ぼけた飼育小屋の前。私の大絶叫が辺り一面に響く。


 放課後、机の中に放り込まれてあった『飼育小屋に来い』と書かれた手紙に気づき、指示された通りノコノコとこの場所へ来て今。


 昔ながらの飼育小屋の中。金網の奥でピーコが震えながら縮こまっている。扉には南京錠。鍵を保管している職員室まで往復15分。待っていられるか!と思わずガシャンッと音を立てて金網に大突進。叩いたり蹴とばしたり、ぶち破ろうと必死になる。


 「菜々ちゃんっ⁉どうしたのっ⁉」


 私の叫び声に気付いた小春が生徒会室の窓から凄まじい形相で顔を覗かせた。その横から出てきた理央も焦りを滲ませた顔で何事かと身を乗り出す。


 「ピーコが……!ピーコがぁ……!」

 「ピーコがどうしたのっ?」

 「ピーコが殺られるぅぅ!」

 「ええっ⁉」

 「早く出してぇ!早くぅぅっ!」


 堪らず再び大絶叫。心配してくれた小春に事情を説明しょうと叫ぶが、涙も相俟って上手く話せない。息も絶え絶えに「鍵が欲しい」と伝えるので精一杯。


 だって大ピンチ。ピーコの傍らには殺人鬼と呼ばれている大悪党のニワトリがウロウロしている。

 こやつ気が荒ぶるとボロボロに突っついてくるわ、蹴るわ、叫ぶわ、暴れるわ、で物凄く強暴。一緒に育った仲間達は怪我だらけになって別の場所に貰われていった。それほど強暴な暴れ鳥。


 更にその奥には我が校のギャングと言われているうさぎ達。ふわふわで愛らしい顔をしているが、可愛いと思って触ろうものなら、その丈夫な歯で肉を食い千切る勢いで噛んでくる。


 あの強暴なニワトリと対等に渡り合える時点でお察し。要は両方、飼育員泣かせの鬼だ。恐ろしく頭も回るし。

 上に飛んで逃げようにも掴まるものが何もない。疲れて羽を休めたら最後。大人しいピーコに勝ち目はない。