奴隷市場で買った女を連れて、アイリス達は宿屋に向かった。

「ねえ、あなた名前はなんて言うの?」
「......」
「年齢は?性別...は女か」
「......」
「だめね。こいつ一言も喋らないわ」
「おい。そもそもなんのためにこいつを買ったんだ?さっき言ってたその、“セレナ”というのに関係があるのか?ていうか“セレナ”って誰だ?」
 セリアナは本当に混乱しているようだ。

「話すと長くなるけど...。私はあなたも知っての通り、人生の記憶が12歳からしかないの。ゴミ捨て場に居たところを心優しい夫婦が拾ってくれてここまで育ってきたわ。だけど、人生の記憶がないって言ったけど、何故だか知らないけど“セレナ”っていう名前だけ記憶に鮮明に残ってたのよ。調べてみたら“セレナ”は私の母親らしいの。でも名前以外は本当に何も覚えてないのよ」

「じゃあ、貴女はセレナの娘ってこと......?」
「うわっ!!こいつ喋った!!」
「ボクだって喋れるよ...。はあ......」
「何よ。陰気ね」
「なあ、お前の名前は何なんだ。呼ぶのに不便だぞ」
「ふへっ......。ボクは『七賢の魔女』の1人、“紅蓮の魔女”グリナ・メリディアン...」
「「はあぁぁぁぁ!?」」

 『七賢の魔女』とは、この世界を支える7人の魔女である。彼女らは不老不死といわれ、決して人前に姿を表さず、陰ながら世界の均衡を維持している。同時に多くの生物に畏怖され、あったら最後、生殺与奪の権利は魔女に絶対あるとされているほど理不尽な強さを持っている。
 “紅蓮の魔女”、“泡沫の魔女”、“岩盤の魔女”、“疾風の魔女”、“夢幻の魔女”、“箒星の魔女”、“深淵の魔女”の7人がいて、そのうちの一人でも姿を現せば世界中の殆どの国が、国を挙げての祭、または緊急事態になるとされている。
 それほど強力な力を持ち、素性がまるでわからない存在なのだ。中には現在の生死が不明のものもいるとされている。

「お、おい...。冗談はやめないか...?本気で笑えないぞ?」
かろうじて護身用の短剣を持ち、震える手でグリナに向けるセリアナ。
「いや......。冗談じゃないのだけれど...」

「ねえ!あなたが“紅蓮の魔女”って本当っ!?」
「アイリス!!」
 セリアナの様子とは一変、アイリスはキラキラと輝いている目で興味津々にグリナを見た。
「セリアナ!これがどんな好機か分からないのかしら!?『その姿を見たものは一生の運を使い果たして死ぬ』とも言われている『七賢の魔女』の一人に出会えたのよ!しかもこいつは私たちが買ったのよ!!」
「ボクは別に150年に一度くらいは住処から出るけどね......。ふへっ...」
「ほら!時間の感覚が違うわよ‼」
「そんなぁ...」

「それより、まさか貴女がセレナの娘だなんてね...。まあ確かに、そのコバルトブルーの、先の渦巻いた長髪に、翡翠色の瞳を持つのは、さすがセレナの遺伝子を引いてるだけあるね...」

「それより、早く宿に帰りましょう!もうペコペコよ!」
「そうだね...。ボクも3日何も食べていないし...」
「...まあ細かいことはいいか......。うん、早く飯を食いに行こうか」
 そういいながら財布の中身をちらちらと気にするセリアナだった。