メッセージを送ってみても、いつもならすぐにつく既読がつかなかった。
やっぱり、さっきの銃声となにか関係があるの…?
それとも、ナイルさんもようすを見に行ってるだけかな…。
“銃”っていうのが、ヤクザさんと結びついてどうにも落ちつかない。
私のボディーガードをするために、ナイルさんはいつも私の近くにいるみたいだし…事務所の近くにもいるはずなんだけど。
「みんな、レッスンを続けるわよ」
「先生!」
「なにがあったんですか?」
「ヤクザが近くで争ってるみたい。外に出ると危険だから、警察が来るまで事務所のなかにいてもらうわ」
「ヤクザ…」
やっぱり、ナイルさんが…?
胸さわぎが収まらなくて、私は胸のまえでぎゅっと両手をにぎった。
それからのレッスンに集中できるわけもなかったのだけど、それは他のみんなもおなじで、特にわる目立ちすることはなかった。
夜になって、私は帰ったばかりの家から飛び出す。
いまだにメッセージは未読のまま。
でも、ナイルさんがぶじなら、1人で外に出てきた私を見て、駆けつけてくれるかもしれない。
「ナイルさん…お願い、来て…」
不安を抱えながら、暗い道をひたすらに歩く。
すぐに通知へ気づけるように、スマホは手でにぎったままにした。
きょろきょろとあたりを見回していた私は、こっちへ近づいてきた人影にもすぐに気づいたのだけど…。
「きみ、どうしたの?きょろきょろして、迷子かな?おじさんがおうちまで送ってあげようか」
「い、いえ…大丈夫です…」
ナイルさんじゃない…。
私は落ちこむ気持ちをかくして、また歩き出そうとした。
「もしかして家出かな?だったらおじさんの家に来る?おじさん一人暮らしだから大丈夫だよ」
「大丈夫です、ちがいます。お気遣いありがとうございます」
マスク越しににこりと笑って、足を進める。
でも、うしろから腕をつかまれた。
「きみ、リアナちゃんに似てるってよく言われない?」
「離してください…っ!」
腕をふって逃げようとすると、がしっともう片方の腕までつかまれてしまって、う、とうしろに下がる。
「っていうか、リアナちゃん本人だったりして…!?」
「まさか…アイドルがこんな時間に1人で出歩いてるわけないじゃないですか。おじさん不審者みたいですよ、離してもらえませんか?」
「あぁ、ごめんねぇ」
腕をつかむ手が離れて、いまがチャンス!と走り出した。
うしろからおじさんの声が聞こえるけど、無視して家に逃げる。
心臓が、ばくばくとさわいでいた。
ナイルさん、助けに来てくれなかった…っ。
ナイルさんと連絡が取れなくなってから、もう1週間が経った。
不安や、喪失感といったものがかくしきれなくて、最近は仕事で怒られることも増えている。
車で移動中、窓の外をながめていると、赤信号に引っかかって流れる景色が止まった。
「…」
よこの歩道を歩いているひとの姿を目で追ってしまうのは、どこかでナイルさんを探しているせい。
また1人、目のまえをよこぎっていく女のひとの顔を見て…なぜか見覚えがあるような、と思う。
あのお姉さん、どこで見たんだっけ…と考えこんで。
パッと、セクシーな下着姿が頭に浮かんだ。
「あ…っ!」
「ん?」
あのひと、ナイルさんにセクシーな自撮り写真送ってたひとだ!
私はすぐにドアを開いて、歩道に下りた。
「おい、リアナ!?」
オウキくんの声を聞きながら、変装を忘れた、と気づいて車のなかに置いたカバンからサングラスを取り出す。
それを顔にかけながら、奥にまがっていくお姉さんの姿を急いで追いかけた。
「お姉さんっ」
「きゃっ、なに!?」
うしろからお姉さんの腕をつかむと、お姉さんはおどろいてふり向く。
きれいなその顔にずいっと近づいて、私はサングラス越しにお姉さんを見つめた。
「ナイルさんはぶじですか!?」
「はっ、ナイルくん…?」
「最近連絡取ってませんかっ?」
ずずいと詰め寄って聞くと、お姉さんは急に顔をしかめて私の手をふり払う。
「知るわけないでしょっ、あたしブロックされてるんだから!」
「え…?」
ナイルさん、このお姉さんをブロックしたんだ…。
「あんたもブロックされたんじゃないの?ナイルくんに本気になるのはやめておきなさい、ほんっと女になんて興味ないんだから」
お姉さんは顔を歪めるように笑いながら、そう忠告して去っていった。
ブロック…私も?
でも…。
ナイルさん、あんなに私のこと愛してくれたのに。
「リアナっ、なにしてるんだ!」
がしっと腕をつかまれて、小声で注意された。
オウキくんだ…。
「…ごめんなさい」
「ったく、最近おかしいぞ…!」
「うん、ちょっと…思春期で」
「はぁ?」
適当な言いわけを口にしながら、ううん、とうつむく。
それよりも、ナイルさんがぶじなのかどうかが心配。
あの銃声とは関係なかったのかな?
連絡がとれなくなったことが、ただブロックされたからならいいけど…。
私は唇を引き結んで、オウキくんに連れられるまま車にもどった。
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「リアナちゃん、大好きです!応援してます!」
「ありがとうございます」
ファンのお姉さんと両手でしっかり握手をして、笑顔でお礼を伝える。
次に入ってきたひとともおなじことをして、何十人ものひとと繰り返し握手をした。
今日は握手会。
本当は笑うような気分じゃないけど、私はアイドルだから。
いつもどおりの笑顔を浮かべて、ファンのみんなに応える。
「俺、リアナちゃんをよろこばせたくてっ、なにをされたらうれしいかな?」
「めいっぱい応援してもらえたらうれしいです!よかったらライブにも来てね」
「もちろんだよ!」
ファンからいっぱい“好き”の気持ちをもらえるから、握手会は好きなイベントだったんだけどな。
どうしてだろう、今日はぜんぜん満たされないや。
「ミウちゃんのお願いならなんでも聞くよ!」
お兄さんが出ていった直後、となりのブースからそんな声がもれ聞こえてくる。
でもすぐに次のひとが入ってきて、私は笑顔で両手を差し出した。
「来てくれてありがとうございます!」
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握手会が終わると、オウキくんが私のもとに来た。
「リアナ、手出せ」
「うん」
いつものハンドマッサージだ。
私はオウキくんにもみもみと揉まれる手をながめる。
「ちゃんと笑顔でやり切ったみたいだな」
「アイドルだもん」
「リアナはえらいよ」
「えっ。なぁに、急に」
そんなストレートにほめるなんて、オウキくんらしくない。
思わず顔を見ても、オニキスのような瞳は手元を映してるだけ。
「天真爛漫に見えて、感情の制御が上手いだろ、リアナは」
「そうかなぁ?」
「そうだ。ま、あの仮面家族じゃ自然とそうなるしかなかったんだろうが」
「仮面家族って…」
否定はしないけど。
オウキくんがそんなこと言うなんてめずらしい。
本当にどうしたんだろう?
じぃっと見つめると、オウキくんは視線を上げて、私と目を合わせた。
「仕事に影響するほど大変なことがあったなら、俺にはなせ」
「オウキくん…」