バッとソファーから立ち上がって、私は雑誌置き場に向かった。
なんだか、すごくくやしい。
ならんだ雑誌のなかから、1冊を手に取ってソファーにもどると、私はそれをナイルさんの顔に押しつけた。
「わっ、なに?」
「私だって…!」
続く言葉は出てこない。
ナイルさんと距離を取りつつ、ソファーに座った私のよこで、ナイルさんは雑誌を見て目を丸くした。
「これ…リアナちゃんだね、水着の」
ぷいっと、スカートをにぎって顔を背ければ、ナイルさんはしばらくのあいだだまりこむ。
「…もしかして、嫉妬してる?」
「…私、子どもじゃないです」
はぁ、とため息が聞こえた。
すこし不安になってナイルさんを盗み見ると、ソファーにひざをついて私へとせまってくる。
「――むり、抱きたい」
タンザナイトのような瞳が私を射抜いた。
いままでのようなやわらかいものじゃなくて、ヤクザさんの顔がすこし混じったような…そう、野性的なまなざし。
私はドキッとして、思わず二の腕を抱く。
ナイルさんはひじかけに手を置いて、私を閉じ込めながら目を細めた。
「最後まではしないから、抱いていい?」
「さっ…~っ、それ、子どもあつかいですか…?」
ほおの熱を感じながら、そっと腕を下ろして、ナイルさんを見上げるように見つめる。
ナイルさんはまなざしを変えないまま、口角を上げた。
「んーん、好きな女の子あつかい。最後までするのは、リアナが俺のことほしくなったときでいーよ」
「っ…ナイルさんが、他の女のひとに手を出さないって誓うなら、いいですよ…」
「誓う。ってか、いままで他の女としたことないよ。興味なかったし」
「え、っんむ」
キスで口をふさがれて、ドキドキと鼓動が高鳴る。
ナイルさんは耳元で私に聞いた。
「ベッド、どこ?」
「…あっち、です…」
かぁっと赤面しながら、ナイルさんにお姫さま抱っこをされて、寝室に案内する。
そっとベッドに降ろされたときには、ナイルさんは王子さまモードにもどっていて。
「嫉妬なんてする必要がないくらい、愛してあげる」
ふわりとほほえんだナイルさんにキスされて、私は目をつむった。
あぁ、私…。
ナイルさんに、抱かれちゃうんだ…。
―???視点―
陣内組の悪魔、丹波ナイルめ…。
やり返してやる…。
ヒリヒリといたむ眉間をなでて、俺は決意をふかめた。
「兄貴、丹波の野郎が見つかりました!」
「よし、行くぞ」
俺はわきのホルスターにチャカを入れて、スーツを閉じる。
これを使ってでも、あいつにひと泡吹かせてやる。
あのおキレイな顔を歪ませてやるときが楽しみだ。
「しかし、いいんでしょうか、兄貴…丹波にやり返すだけじゃなく、陣内組と抗争になる可能性も…」
「いいんだよ。いつも目ざわりだったんだ…たたきつぶしてやる、くらいの気概でいけ!」
「はっ、はい!」
****
―藤堂リアナ視点―
夢みたいな夜だった。
だれにもふれられたことのない場所にふれられて、出したことのない声を出して、野性的な瞳をしたナイルさんに、たくさん愛をささやかれて。
宣言どおり、“最後”まではしなかったから、私も安心したというか。
ああいう夜なら、何度過ごしてもいいかな…なんて、はずかしいことを考えてしまう。
ダメダメ、もうすぐライブの練習だって始まるんだし。
…でも、ライブに向けた準備が始まるまえに、もう一回ナイルさんと会っても…。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
くるりと回って、下からすくい上げるように右手を持ち上げる。
最後のポーズでたっぷり5秒静止すると、トレーナーさんはパチパチと拍手した。
「いいわ、5分休憩にしましょう」
「「はい!」」
呼吸をととのえながら壁ぎわに寄ると、とつぜんパァン!と音がした。
「えっ?なにいまの音…!」
「運動会のピストルみたいじゃなかった~…?」
「銃声?なんで…」
レッスンルームがざわっとして、おたがいの顔を見回す。
トレーナーさんは「静かに」と声を張った。
その直後に、またパァン、パァン!と音がする。
「やだ、なにかしら…」
「確認してくるから、あなたたちはここにいて」
「あっ、先生…!」
トレーナーさんが出ていって、レッスンルームには私たちHRSMTだけが残った。
不安そうなみんなをなだめているツカサさんを横目に、私は荷物に駆け寄ってカバンのなかでスマホを操作する。
ナイルさん、大丈夫かな…っ。
メッセージを送ってみても、いつもならすぐにつく既読がつかなかった。
やっぱり、さっきの銃声となにか関係があるの…?
それとも、ナイルさんもようすを見に行ってるだけかな…。
“銃”っていうのが、ヤクザさんと結びついてどうにも落ちつかない。
私のボディーガードをするために、ナイルさんはいつも私の近くにいるみたいだし…事務所の近くにもいるはずなんだけど。
「みんな、レッスンを続けるわよ」
「先生!」
「なにがあったんですか?」
「ヤクザが近くで争ってるみたい。外に出ると危険だから、警察が来るまで事務所のなかにいてもらうわ」
「ヤクザ…」
やっぱり、ナイルさんが…?
胸さわぎが収まらなくて、私は胸のまえでぎゅっと両手をにぎった。
それからのレッスンに集中できるわけもなかったのだけど、それは他のみんなもおなじで、特にわる目立ちすることはなかった。
夜になって、私は帰ったばかりの家から飛び出す。
いまだにメッセージは未読のまま。
でも、ナイルさんがぶじなら、1人で外に出てきた私を見て、駆けつけてくれるかもしれない。
「ナイルさん…お願い、来て…」
不安を抱えながら、暗い道をひたすらに歩く。
すぐに通知へ気づけるように、スマホは手でにぎったままにした。
きょろきょろとあたりを見回していた私は、こっちへ近づいてきた人影にもすぐに気づいたのだけど…。
「きみ、どうしたの?きょろきょろして、迷子かな?おじさんがおうちまで送ってあげようか」
「い、いえ…大丈夫です…」
ナイルさんじゃない…。
私は落ちこむ気持ちをかくして、また歩き出そうとした。
「もしかして家出かな?だったらおじさんの家に来る?おじさん一人暮らしだから大丈夫だよ」
「大丈夫です、ちがいます。お気遣いありがとうございます」
マスク越しににこりと笑って、足を進める。
でも、うしろから腕をつかまれた。
「きみ、リアナちゃんに似てるってよく言われない?」
「離してください…っ!」
腕をふって逃げようとすると、がしっともう片方の腕までつかまれてしまって、う、とうしろに下がる。
「っていうか、リアナちゃん本人だったりして…!?」
「まさか…アイドルがこんな時間に1人で出歩いてるわけないじゃないですか。おじさん不審者みたいですよ、離してもらえませんか?」
「あぁ、ごめんねぇ」
腕をつかむ手が離れて、いまがチャンス!と走り出した。
うしろからおじさんの声が聞こえるけど、無視して家に逃げる。
心臓が、ばくばくとさわいでいた。
ナイルさん、助けに来てくれなかった…っ。