「じゃあな、夜更かしするなよ」
「はーい。おやすみ、オウキくん」
「あぁ。また明日な、リアナ」
すぐに背中を向けたオウキくんに手をふる。
扉を閉められて、カギとチェーンをかけ直したあとに一息つけば、うしろからぎゅっと抱きしめられた。
「ひゃあっ」
「マネージャーと仲がいいんだね。嫉妬しちゃった」
「な、ナイルさんっ?」
びっくりした、いつの間に…!
「ねぇ、マネージャーとどこまでしたことあるの?」
「ど、どこまでって…!」
あのナイルさんだから、なにを聞いてるのかすぐにわかってしまって赤面する。
それに、私の耳元に口を寄せてるのか、さっきから吐息がかかって、どうしても体がこわばってしまった。
「お、オウキくんは従兄だからなんにもないですっ!」
「本当に?体にさわられたり…」
再現するように、ナイルさんが服の上からおなかをなでてくるから、肩が跳ねる。
「そ、そういうのはないですっ!キスしたのだってナイルさんが初めてだしっ」
「…え、初めて?」
「あっ…!」
言っちゃった、と口を押さえた。
でもナイルさんは私の手を外して、私をふり向かせる。
探るような視線に見つめられて、顔に熱が集まっていくのを実感していると、ナイルさんは私の唇をぱくりと食べた。
「な、ナイルさんっ…!」
「2回目も、俺がうばっちゃったね。…ねぇ、リアナが経験するまえに、もっとすごいキスしていい?」
「へ?」
ナイルさんは私の体を反転させて、またちゅっとキスをする。
でも今度はすぐに離れていかないで、ちゅ、ちゅ、とキスをかさねながらふかくに入ってきた。
な、なに、この大人なキス…っ。
「な、ぃる…」
さん、と呼びきることもできずに、甘く溶かされていく。
頭がぼーっとしてくると、ようやくナイルさんが離れて…体の力が抜けた私を抱き留めた。
「俺がリアナちゃんをちょっと大人にしちゃったかな…そのとろけた顔、すごくかわいいよ。俺だけに見せてほしい」
ナイルさんは目を細めて妖しく笑い、私の耳にキスをする。
鮮明にひびいたリップ音がぞくりと体をふるわせた。
…過去にもどれるなら、ナイルさんに近づいちゃいけないよって、自分に忠告するのに。
いまの私はもう、手おくれな気がするから。
結局あのあと、ナイルさんは“組長から呼び出しを受けた”とかで、すぐに帰ってしまった。
でも、あれからたびたびメッセージが来るようになって、文面での会話が続いている。
主に、ナイルさんが仕事しやすいようにスケジュールを教えたり、ひとつ仕事が終わると[おつかれさま]とねぎらいの言葉をくれたり、という感じだけど。
私は毎回きんちょうで、ちゃんとはなせてる気がしない…。
「ねぇマネージャー、うちの事務所の先輩がスキャンダルになったって本当?」
車で現場に移動しているとき、ミウみうが好奇心で目をかがやかせてオウキくんに聞いた。
スキャンダル、と耳にしてドキッとする。
「どこで聞いたんだ、そんなはなし…表に出ないように対処してるところだから、あんまりさわぎたてるなよ」
「はぁ~い!」
「ついでに聞いとくが、ミウはスキャンダルになるようなことしてないだろうな?」
「あっはは、仕事仕事でそんなひまないし~」
けろりと笑うミウみうと、そんな彼女をため息混じりに見つめているオウキくんをこっそりながめた。
そのまま息を殺しておこうと思ったのだけど、オウキくんは切れ長の瞳を私に向ける。
「リアナは?」
「えっ、ないよ?」
「“えっ”、ってなんだよ」
じと、と半目で見られて、あわてる気持ちを必死でかくした。
「だ、だって私のこといちばん知ってるのはオウキくんでしょ?聞かなくてもわかってると思ったから」
「その俺のカンが怪しいって言ってるんだが?」
ひぇ…。
私は降参したい気持ちにおそわれながら、ぷくっとほおをふくらませてみせる。
「私がそういうのと縁があるように見える?」
「…そーだな」
オウキくんはため息をついて私から目を離した。
よかった…。
そんなこんなで、現場入りの時間がくる。
今日はミウみうと2人でのお散歩企画。
ぶらりと街中を歩いて、目についたお店でスイーツを食べる。っていうのが台本で、どのお店に入るかも実は決められている。
「ミウと~?」
「リアナの!」
「「るんるん散歩ー!」」
カメラのまえで企画名を言って、ミウみうと一緒にこぶしを突き上げた。
そのあとは2人で顔を見合わせて、オープニングトークをする。
「はい、今回は私たち、2年生組が東京のどこかを~ぶらりと散歩します!」
「楽しみだね~、ミウみう!」
「ほんっとそれー!や、もう私今日が楽しみすぎて眠れなかったもん」
「えー、大丈夫!?お昼寝できる場所も探そっか~」
きょろきょろとあたりを見回す仕草までがワンセット。
デビューして2年目にもなれば、お互いがどんなキャラで、次にどんな発言をするのかがなんとなくわかるから合わせやすい。
私とミウみうはにこにこはなしながら、まるでカメラがないかのように、自然体でお散歩をした。
「はーい、OKで~す。休憩入ろうか」
「「はい!」」
撮影が一旦中断されて、私たちは車のなかで休憩をとる。
紙コップに入れてもらった温かいお茶を飲みながら、無言の車内で過ごしていると、ミウみうの服に髪の毛がついてるのを見つけた。
「ミウみう、」
「はなしかけないで。休憩中まであんたとはなしたくない」
「…肩のとこに髪の毛、ついてるよ」
HRSMTのなかでもいちばんあたりが強いミウみうだから、拒絶されるのも予想のうち。
私は笑顔を保ったまま教えてあげた。
自分の肩を見たミウみうは、私の服にぱしゃっとお茶をかけてきた。
「あつっ…」
「あんたドジね、自分の飲み物こぼすなんて」
「え…」
ミウみうは紙コップを落とすと、さげすんだように笑いながらそう言う。
それから私の紙コップをうばい取って、「マネージャー!」と車を降りていった。
外からうっすら、「リアナがお茶をこぼしちゃって…」とはなす声が聞こえてくる。
こんなことまでしてくるんだ…私、ファンには好かれても、仲間にはとことんきらわれてるなぁ。
ふふ、とあきらめの笑顔が浮かんだ。
「リアナ、大丈夫か?」
「あ、オウキくん…えへ、ごめんね。服ぬれちゃった…それから車も」
「ったく、ドジして…替えの服用意するから待ってろ」
「うん、ごめんなさい」
笑って答えると、オウキくんは車から離れて服を用意しに行く。
「へらへらして、気味わるい。いい子ちゃんぶってるつもり?」
「…」
ミウみうも私がなにも言わないのわかっててやったでしょ、と胸のうちで答えた。
その後の撮影も、服が変わった説明が必要だったけど、それ以外はなにごともなく進んだ。
ミウみうとたくさんくっついたぶん、精神的なつかれがどっとおそってきて、帰りの車のなかで私はシートにもたれかかって外を見ていた。
すると、カバンに入れたスマホがぶぶっとふるえて、画面を見る。
[撮影おつかれさま。とちゅうから服替わってたけどどうしたの?]