テオドールはハッとする。確かにイスタールの法律にはそう定められている。子供ができないことにより血筋が断絶されるのを防ぐ目的で作られたものだ。
 だが、それをリーゼロッテが主張するのはお門違いだ。なぜなら──。

「それは俺が享受する権利であり、お前が行使する権利ではない」

 テオドールは冷ややかな眼差しをリーゼロッテに向ける。
 この法律は貴族の本家の当主に、〝相手の同意なく離縁することを正当化する権利〟を与えるものだ。離縁される側にはなんの権利もない。

「存じております。だから、こうしてお願いしているのです。その権利を行使して離縁してください。ご存じの通り、わたくしは妊娠しておりません」

 一度も閨を共にしていないのだからそんなのは当たり前だろう、と言いかけ、テオドールは口を噤む。リーゼロッテには愛人がいるのだから、妊娠していないとは言い切れない。もし妊娠していれば大問題だが。

 だがそこで、テオドールはふと疑問を覚えた。

(なぜ離縁したいんだ? 離縁しても彼女には何もメリットがないはず)

 形だけの妻とはいえ、リーゼロッテはテオドールと結婚することで住む場所と食べるものと生活できるだけの金銭を得た。離縁すればここを出て行くことになるのだから、彼女はこれらの全てを失うことになる。
 貴族の世界で子が成せなくて離縁された女が生きていくのはいばらの道だ。社交界のどこに行こうと噂にされるし、その女性を正妻として娶ろうとする男はまずいない。よくて愛人だ。

 だから、リーゼロッテが離縁したいのはそれらのデメリットを受け入れてでもそれをするメリットがあるということだ。考えられる理由としては、愛人と人生を共にしたい、もしくはテオドールと夫婦関係にあることが我慢ならないほど嫌かのどちらかだ。

(もしかすると、両方か? 随分と嫌われたものだ)

 フッと乾いた笑いが漏れる。