一枚の古い扉を前にして、僕は大きくため息を吐いた。ジャズ喫茶、羽根。そう書かれている見慣れた看板は、今日もぼんやりと光っている。古めかしいと言えばそれまでだけれど、僕には実家に帰ってきたような安堵が湧く。でも今日は、また小さな息を吐いて扉を開けた。

「いらっしゃい……宏海かよ」
「まぁくん……」
「入ってくるなり何だよ。ったく、座れ」

 匡は、酷く呆れる。まぁそれもいつものことだ。それに、確かに今日はそう思わせるほどに落ち込んでいる。どうした、なんて言葉は掛けてくれはい。頼んでもいないココアを作り始めた幼馴染に、僕はホッとして椅子に腰掛けた。

 僕は、幼い頃からここに来ている。まだランドセルを背負っていたような頃だ。彼の父は、そんな僕にいつもココアを作ってくれた。五十になっても尚、その名残で僕はここでココアを飲むのだ。本当はコーヒーも飲みたいけれど、作る側も受け取る側ももう習慣だ。話を聞くのはコレを出してから。今の匡だって、そう言わんばかりである。