「俺に任せとけ」そう意気込んでいたくせに、数分後には爆睡している蓮見が布団に転がっていた。
(さっきの感動を返せ)
しかし遊び疲れて眠っている16歳を相手に、起きてろなど言えるはずもない。
私は静かに立ち上がり、部屋を暗くしたあと、ゆっくりと扉を開けて外の状態を確認する。数室先のところで、先生が生徒と何か話しているのが見えた。
(まだいる…)
私はゆっくりとドアを閉めた。
(戻るタイミングを逃してしまった)
部屋に戻り、五十嵐たちを起こさないように壁に寄りかかる。
「寝ないの?」
寝ころびながらも、薄暗い中スマホを見ている天城に声を掛けた。
「お前を送れなくなる」
思いがけない言葉から天城の口から飛び出し、私は耳を疑った。
「私のため?」
そう聞き返すと、天城は私の方に顔を向けた。
「廊下、相当暗いよ」
「な…」
(そ、そうだ。コイツ私が暗闇恐怖症のこと知ってるんだった!)
私は動揺を悟れないように、余裕の笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。部屋くらい一人で戻れるわ」
「どうだか」
馬鹿にしたように笑って天城は言った。
(ガキに舐められとる…!)
私は拳をぐっと握りしめた。
「そこまで、暗くないもの。一人で大丈夫」
「そ」
そう言うと、天城はスマホを置いた。
「じゃあ、お休み」
布団をかぶり、横を向いて寝てしまった。
静けさが部屋を包んだ。聞こえて来るのは、時計の針の音と三人の寝息だけだった。
机に置いてある蓮見の時計が、11時を指した時、私はゆっくりと外の様子を伺った。遠くの部屋で「もう寝ろよ」と言っているのが聞こえ、先生が階段を下りて行くのが見えた。
「今かな…」
私はそろそろと廊下に出た。
天城の言うことが正しいとここに来て分かった。非常灯しか付いていない廊下はやけに寒く、静かだった。一日中はしゃぎ回った学生たちは全員眠りについたのだろうか。どの部屋からも話し声も音楽も聞こえなくなった。
カーペット敷きの廊下は、スリッパではいささか歩きにくい。そのため、足を速めれば速めるほど転んでしまう。暗くて足元が見えにくいのも難点である。
その時、廊下の窓がガタガタっと揺れ、私は小さく悲鳴を上げた。
「な、なんだ風か…」
自分を落ち着けるように小声で呟き、階段を下りて行く。
やっとのことで、部屋の前に着き、安堵のため息を漏らした。しかし、ドアノブに手を掛け一回ししたと同時に冷や汗が背中を伝った。
「鍵、閉まってる…」
点呼の時であれは、先生が扉を開けたタイミングで中に入れたはずなのに。
しんと静まり返った暗い廊下から見るに、女子部屋の点呼はすでに終わっているのだろう。
「ど、どどどうする?」
いきなり寒気とパニックが私を襲った。
「せ、先生の部屋に行くか?」
声に出して言ってみるも、先生の部屋がどこにあるのか分からない。
「そ、そうだ、ロビーに行こう!スペアキーを借りよう」
よし、そうしよう!と私はロビーへと足を向けた。
「も、もももしロビーに誰もいなかったら?」
私は恐怖心を紛らせるために、歩きながら声を出して自問自答する。
「廊下で寝る?いや、それは無理だ。え、えーと、ロビーの、そう、ロビーで眠ればいいじゃない」
自分の回答に満足しながら、私はポンと手を叩いた。
案の定フロントデスクには誰もいなかった。一人は絶対待機していてもいいはずだが人の気配はなく、昼間はあった呼び出しベルさえも見つからない。そして、数時間前に来た時はまだ明るかった雰囲気も、今やホラー映画さながら暗くて静まり返っている。
非常灯を頼りに、辺りを見渡した。さっき寝ていたソファーも、暗い中で見るとそこまで居心地がよさそうに見えなかった。暗闇の中で誰かが座っていると思うと、怖くて近づけない自分がいた。
「泣きたい…」
暗くて足元がおぼつかない。
それでもゆっくりと前進していると、突然肩を掴まれ、私は大声で悲鳴を上げた。しかし咄嗟に口を塞がれ、就寝中の生徒全員を起こさずに済んだ。
「こんなことだと思った」
頭上から呆れた声が降ってきた。
「なんで、いつも一人でやろうとするの?」
天城が私の口から手を離さないまま言った。
「どうせ鍵がかかってたんだろ」
私はまだショック立ち直れないまま、コクコクと頷いた。
「来い」
天城に腕を掴まれ、半ば引きずられるような形で私は彼の後をついて行く。
「ど、どこへ…」
カラカラの喉から声を絞り出すと、天城が言った。
「俺たちの部屋」
「は!?」
私は思わず立ち止まった。天城は振り返り、訝しげに聞いた。
「逆にどこで寝るつもりなの?廊下?」
「いや。あの、ロビーの椅子で…」
「本気?」
責められるような瞳に、自分の考えがもの凄い悪いことのように思えてきた。
(いや、確かに迷惑行為だけど…)
朝一番で修学旅行生がロビーで寝ているとホテルのスタッフに気づかれたら、あっという間に学校中に知れ渡るだろう。しかし、今はそこしか一晩を過ごせる場所が思いつかない。
天城は、大きなため息を吐き、歩き出した。
「だ、男子部屋はだめでしょう!」
私は小声で天城に反論した。
みんな寝ているとは言え、先生に見つからないとも限らない。しかも、西園寺に見つかったら更に問題だ。
(ただでさえ、何かしでかそうとしているのに!)
―白石家にはこちらで考えがあります。
先ほどの天城との会話を思い出しながら、私は必死に天城の力に抵抗する。
(これ以上、状況を悪化させたくないんです。こっちは!)
しかし、既に天城たちの部屋の近くに来てしまった。
「お前、いい加減に…」
天城が私の態度にしびれを切らしそう言いかけた時、先生の声が聞こえてきた。
「今すぐ女子部屋へ戻りなさい!」
不満そうに女子生徒たちが抗議する声がした。
(せ、先生!?)
呆然と立ちつくしている私をよそに、天城はぐいっと腕を引っ張り、どこかへ狭い場所へと私を押し込んだ。
「帰ったら、親に報告するからな」
「先生~」
「お前は早く寝ろ」
男子部屋に女子がいたことが発覚したせいで、本日二度目の男子部屋の点呼が始まったようだ。私は暗闇の中で息を潜めながら、先生の動きを目で追っていたが、先生が5室目を訪れたあたりで、だんだんと眠気が襲って来るのを感じた。良い匂いのするふかふかの何かに包まれていて、温かい。
(ここ、リネン室か…)
そう思った時には、私は深い眠りに就いていた。